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天然少女の夏休み
第1章 天然少女
 足音が僕の間近で止まる。

 観念して目を開けると、溶けてしまいそうな柔らかで愛くるしい垂れ目が僕の顔を下からのぞき込んでいた。

 異性とこれほど接近したのは何年ぶりのことだろうか。

「こんにちは」

 と、少女とのコミュニケーションを試みる。
 可能な限り爽やかな笑顔を作ってみたつもりだったが、少女が微笑み返してくれることはなかった。

 代わりに、

「のど乾いた」

 と、消え入りそうなほどか細い声で呟いた。

 普段ならなんて礼儀知らずなやつだと憤怒の形相で飲み物を買いに行っていたことだろう。パシられるのには慣れている。

 だがいまは違う。

 僕は「ちょっと待ってて」と少女に言い残し、意気揚々と正面の駐車場に設置されている古ぼけた自販機へと急いだ。

 保護欲というか、お姫様に仕える従者というか、望みを全力で叶えてあげたいと思わせる何かが少女にはあった。

 おそらく、少女もそれを無意識に自覚していることだろう。でなければ初対面の人間に飲み物を要求することなどありえるだろうか。きっと、いまの僕のように彼女の可憐さにコロリとやられた周りの大人たちは彼女の欲求を無償で満たしてやっているに違いない。気持ちはわかる。
 しかし、そうやっていつかはワガママな女に育ってしまうのであろうことを考えると、我が子のことのように胸が痛むのであった。
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