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北の軍服を着た天使
第1章 Episode 1
私以外の観光客も、クールな表情をして歩く軍の人間も、みんな女の子に気付いているはずなのに…。
必死に女の子を指差す私とは対照的に周りの勇敢そうに見える者達は彼女を助けようとしない。
そんな異様な光景を目の当たりにし、昔から「あんたは我儘で気分屋で難しいけど、お年寄りと子供には、本当に優しい子よ。」と祖父母から言われ続けてきた無駄に正義感の強い私が、何もせずに指を加えてその場で見ていられる訳が無かった。
チェさんが必死に止めるのが聞こえていないかの様に、彼女を救おうと走り出した私。6歳位の女の子は私の必死の顔を見て、やっと事の重大さに気付いたのだろう。
かわいい女の子の細い腕を力強く自分の胸に引っぱると同時に──急ブレーキを掛けた際のタイヤと地面が擦れる音が甲高く、この緊張感の漂う板前店(パンムンジョム)に響いた。
「ヤー!!ウィホメ!!」
軍服を着た運転手が、勢いよくドアを閉めると、ものすごい剣幕で、驚いて腰を抜かしながらも抱き合っている私達2人の元へ銃を突きつけながら歩いて来る。
……これが北朝鮮の洗礼だ。
と、銃なんて見たことのない平和な世界で育った私は死を覚悟した。ここに来た事を後悔した唯一の瞬間だった。
何も発する事なく…というよりは、驚きで声一つ挙げられない私達2人の前にガイドさんが立ち、必死に何かを叫びながら頭を下げている後ろ姿をボーッと見つめる。
「チェソハムニダ!!」
幼い子供が居ると言っていたガイドさん。
私のせいで懲罰なんか与えられたら…と考えると居ても経っても居られなくなって、抱きかかえていた女の子をバスの運転手さんに預けてから、私もガイドのチェさんの隣に立った。