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鬼の哭く沼
第7章 花は綻ぶ

中は予想通り暗く、暗がりに慣れた目でも一瞬どこに何があるのか分からなかった。目を細め、部屋の一番奥に見覚えのある小山を見つけてゆっくりと近付いていく。
障害物らしい障害物が無くて助かった。そうでなければ躓いて、転んでいたかもしれない。
香夜の背後を、ぞろりと床を擦る音が引いていく。音はそのまま脇を通って小山へと移動し、収まった。なるほど、尾で襖を開けたのか。香夜は便利だな、と的外れな感想を呟いた。


「ココヘ、何ヲシニ来タ」


しゅうう、と空気の混じる声が問う。小山まであと五歩程の距離で立ち止まり、香夜は背筋を伸ばした。部屋の隅、暗がりに沈む影を見上げる。闇の中、爛と光る一対の目と視線を合わせた。


「最初に言ったじゃない。話をしに来た、って」

「オ前ニ話ス事ナド、何モナイ」

「私にはいっぱいあるの。話したい事も、聞きたい事も」


しゅうう、と再び空気の漏れる音がする。まるで溜め息のようだ。暗闇でろくに見えもしない上、蛇の表情など読み取れないというのに、何故か須王の渋面が予想出来てふと笑みが浮かぶ。


「オ前ハ、俺ガ…怖クハ無ノカ」


唐突だった。一瞬言葉に詰まる。あー、ともうーともつかない声に須王の不審げな気配が濃くなり、香夜は肩を竦めて降参した。


「まあ、それは…正直に言えば蛇は怖いけど。というか、生理的に蛇大好き!って女子は少ないと思うの」


中には爬虫類大好きな女子もいるだろうが、少数派の筈だ。少なくとも香夜の周囲にそういった女性は居なかった。幸いな事に。


「元々あった苦手意識なんて、そうそう簡単には無くならないし。でも、須王だって思って見れば、怖くない、かな」

「…何故」

「え?」

「何故、俺ダト」


須王が言っているのは香夜が名前を呼んだ、あの時の事だろう。何故、大蛇の姿をしていた須王を、須王だと気付いたのか、と。

だが、そんな事は香夜の方が訊きたい。

貴蝶を殺させまいとして、呼び止めようと咄嗟に口をついて出た名前が須王だった。頭で考えて呼んだのではない。言うなれば、ただの直感のようなものだ。




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