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鬼の哭く沼
第7章 花は綻ぶ

「気付ケバ俺ハ沼ノ淵ニ座ッテイタ……真ッ赤ニ染マッタ沼ノ水ニ浸カッタママ…」


茫然と、沼の水面を見下ろしてそこに映った自分の姿を確認し、ああ、と理解したのだ。

父親を、蛟を喰らったのだ、と。


「俺ノ頭ニハ角ガ生エテイタ……父親デアッタ蛟ト同ジ、コノ角ガ」


父殺しの呪いだ。

ぽつりぽつりと零れるように須王が言う。


「雨ガ、降ッテイタ。永ラク降ッテイナカッタ雨ガコレデモカト降ッテイタナ……」


恵の雨。それは一人の幼い子供の、心と身体を犠牲にして降り注いだ。
地は潤い村人は歓喜しただろう。だが、子供が支払うにはあまりに大きな代償。


「……?何故、泣イテイル」


はらはらと、俯いた頬を伝って顎先から涙が滴って畳に落ちていく。ひっ、と咽が嗚咽に引き攣り、香夜は唇を噛み締めて強く目を閉じ顔を両手で覆う。拭っても、拭っても涙は次から次へと溢れ、香夜の頬を濡らした。
そんな香夜の様子に戸惑ったように、須王がしゅうう、と顔を寄せる。


「何故、オ前ガ泣イテイル」

「……須王が…」


言いかけて、また溢れた涙を乱暴に拭う。本当に戸惑っているのだろう、須王の声もどこか途方に暮れているようだ。


「須王が、泣かないからでしょ…」


言って、また嗚咽が漏れた。

母親を亡くし、誰からも必要とされず、肉親に騙され…実の親に殺されそうになった。ただ、蛟の子だというそれだけの理由で。何も、害になるような事はしていない、ただの子供だったのに。
哀しくて、悔しくて、溢れる涙が止まらない。自分が泣く意味なんて無い、とうに過ぎ去った昔話だと分かっているのに胸の痛みが引いてくれない。

(どうして)

何故、こんなにも胸が痛むのだろう。棘のある針金で締め付けられるように、心が痛い。でも、本当に痛かったのは香夜の心ではなくきっと幼い須王の心だ。


「……………」

「……、す…おう…?」


ふいに濡れた頬を何かで撫でられた。驚いて顔を上げると間近にあった蛇の顔が離れていく。ちらりと細長い舌が閃くのが見えた。


「……不思議ダ。オ前ノ涙ハ、ドコカ甘イヨウナ気ガスルナ…」






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