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鬼の哭く沼
第7章 花は綻ぶ
夜が、明ける?
弱弱しい声音に、ようやく須王の身体が先程よりもはっきりと見えている事に気づく。陽が昇り始めたのだろう、淡く青みを帯びた光が障子窓の薄い紙を透かして薄らと部屋を照らしている。だが、何かおかしい。
真っ暗闇だった時より視覚的には見えている筈なのに、須王の身体はぼんやりと霞むように朝日に滲んでいる。淡い陽の光を弾く蛇の鱗がきらきらと光るその向こうに、壁や柱が透けて見えて香夜は息を飲んだ。
そう、透けているのだ。大蛇の輪郭がゆっくりと空気に溶けていく。
「え、ちょっと……須王…?貴方、身体が…」
消えていく。
恐る恐る伸ばした手が空を掻き、香夜を支えていた胴体も霧のように消え失せる。ふっと、一瞬の落下。小さく悲鳴を上げ衝撃を覚悟したその直後、香夜の身体は逞しい腕の中に収まっていた。
「………須王……?」
「…なんだ」
しっかりと香夜を抱き止める、裸の胸。美しく隆起した胸板に顔を押し付けられ、熱い肌の熱を直接感じてじわりと頬が熱を帯びる。誤魔化すように、ぎゅっと額を逞しい胸に押し当てた。上がる熱を、須王の体温の所為にして。
「…もう大丈夫、なの…?」
「ああ」
「だって、さっきあんなに苦しんで…」
「言っただろう、夜が明けるから直に治まる、と。人型に戻る時はいつもああなる」
「そ…なの…」
良かった、それならもう苦しくないという事だ。ぼんやりと尋ねる香夜に答える須王の憮然とした声音に、先程までの苦痛の色は無い。ほんの僅か、疲労を滲ませてはいるが本当に大丈夫なのだろう。
不規則な呼吸と伝わる激しい鼓動がゆっくりと収まっていくのを感じ、ほっと肩の力を抜いた途端香夜は己の今の体勢を思い出しカッと全身を沸騰させた。
もしやと僅かに視線を下に向け、己の短慮に激しく後悔する。
(何で……何で何も着てないわけ?!)
つい今この瞬間まで大蛇の姿をしていた相手に、理不尽と分かってはいてもそう胸中で毒づいてしまう。
気付いてしまったら、大人しく抱かれているわけにはいかない。
慌てて両手で須王の胸を押し、離れようとするもびくともしないばかりかより一層強く抱きしめられて腕の中でもがく。抱き締めるというより抱き潰す、という方が近いような力の入れように思わず口から悲鳴が漏れた。