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鬼の哭く沼
第7章 花は綻ぶ
完全に陽の上がった障子窓の外からは、朝に相応しく雀の声がしている。
昨夜降り続いた雨も止んだようだ。きっと、今日の昼はまた蒸すのだろう。
腕の中で微睡む香夜を眺めて、そっと指先で頬を撫でる。「んっ」と身じろぎをするも、そのまま寝息を立てる姿に須王は口元を緩めた。
華奢な香夜の肩が呼吸の度、上下する。その動きに合わせて吐き出される呼気のなんと甘い事か。鼻を擽る芳香に酔いながら、数刻前の香夜を思い出しざわつきそうになる下腹に力を込めて鎮めた。
痛いと、苦しいと言って泣いていた。
無理をさせた自覚はある。
寝具には鮮やかな赤が散って、それは香夜の身体を傷つけた証だ。
すまないとは思ったが、止められないのだから仕方ない。
辛い思いをさせて嫌いになったかと尋ねた須王に、荒い息の中答えた香夜の言葉に胸が詰まった。
嫌いになれたらどんなに良かったか、と。そう、泣きながら香夜は言った。
言を返せばそれは、どれだけ酷い事をされても須王を嫌いになどなれないと訴えているに等しい。自惚れではない。香夜が、自分に好意を寄せてくれているという事。想いを返されると言う事が、こんなにも胸を熱くする。
(香夜…)
誰からも必要とされず、常に死を望まれた生だった。
何の為に願ったのかわからないまま、親を犠牲に生き長らえて得た力と蛇鬼の姿。近づく者皆、朔の日の姿を見れば悲鳴を上げてこう叫ぶ。
バケモノ。
貴蝶の言葉は事実だ。紛れも無く、この身は化け物。
蛇身姿を見て悲鳴も上げず、あまつさえ抱きついて泣いた女など誰一人いなかった。
香夜以外には、誰一人。
愛しいと思う心は温かだが、締めつけられるように切ない。
白い香夜の肌には情事の名残が点々と咲いている。絹の布地に散る花弁のように、首筋から胸の膨らみへと続く無数の痕。
今は見る事が出来ないが、腹部や内股にも同じくついていることだろう。これでもかと須王の所有を誇示する痕に、己の独占欲の強さをまざまざと見せつけられるようで苦笑いするしかない。
だが、それにすら胸中は満たされるばかりだ。
香夜には申し訳ないが、須王がこの朝を後悔する日は絶対に無いだろう。