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鬼の哭く沼
第7章 花は綻ぶ

唇に刻んだ笑みはそのままに、ぞっとする程冷たい声音で艶やかに右手の掌を翳す。
愛しい女の顎を口付けの為に掬う様な、妖艶な仕草。翳された掌の上、どこからともなくすうっと降りてきたのは一匹の蜘蛛だ。六本の節くれ立った足を蠢かせ、黒と黄色の禍々しい体を九繰へ向ける。


「覗き見とは悪趣味な。…ふん、言われるまでも無いわ。まったくいつもいつもお主のやり方には反吐が出るわ」


吐き捨て、掌の上の蜘蛛を一瞥する。鋭い視線は蜘蛛へひたと据えられ、そしてまた空へと返る。明けの空に浮かぶ、建物の頂きへと。


「分かっておる。もう歯車は回り始めたのじゃから」


ぐしゃり、と掌の中で蜘蛛が潰れた。気味の悪い薄黄色の体液を撒き散らした後、蜘蛛はぼっと青白い炎に包まれ炭となって消える。

残るは白み始めた空の下、池の淵に立つ九繰のみ。遠く、静寂を破る鳥の囀りを聞きながら己の右手をそっと眺め、煙るような睫毛を伏せ金色の目を閉じた。


あの娘は…香夜は。


「もう直に、死ぬ」


その時、止んだばかりの雨はまた降り出すのだろうか。
それとも。

九繰にもその答えはわからなかった。










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