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3度目にして最愛
第3章 3度目にして最愛を知る
驚きの余り、水城は目を見開いた。
てっきり、「俺が絶対幸せにする」とか「人生飛び込んでみないと分からないもんだ」だとか、「これから二人で乗り越えていけばいい」だとか「お前は側に居るだけでもいいんだ」とか、深慮すると何の確証もないが、聞こえは包容力に満ち溢れている台詞をその場の勢いで言うのが定番だと思っていた為だ。
そして、それは性行為のトラウマを更に抉られた傷心に刺さる事は無く、隙間風のように通り過ぎるのだろうと水城は達観していたからだ。
「まあすぐに答えろとは言わねえよ。デカい問題だし、ゆっくり考えてお前が納得のいく答えが出せれば一番良い。」
そう言うと、東条は黙々と料理に手を付け始めた。
「振られたらどうするの?何のメリットもないじゃない。どうしてそういう事を言えるの?」
水城は、彼の真意が分からなかった。
愛とは結局のところ、卑しい感情や損得勘定を体裁良く言い換えただけの綺麗事だと決め込んでいる彼女には彼の言動が理解出来なかった。
そんな彼女の目を真っ直ぐに見つめて東条は断言した。
「お前の言う通り、メリットは確かに無い。けどそれで心底惚れた奴が幸せになるんだったら俺は良いと思った。だから言ったんだ。」と。
「綺麗事だ」そう批判して突っ返してやりたかった筈なのに、水城は言い返せなかった。
鼻の先にツンとした痛みを覚え、やがて顔を両手で覆った。
大切にされているのだと実感させられれば、愛の定義だと思い込んでいた先入観は、大きく音を立ててぐらついた。
過去に付き合った男には感じられなかった絶対的な安堵感は、恋愛や結婚において切っても切り離せない性行為の不安を抱え持つ彼女をまるでベールのように包み込んだのだ。
「心底誰かに惚れた事が無いから分からない」
彼の綺麗事に涙腺が緩み、真っ赤になった顔が恥ずかしくて、水城は笑いながら、無駄な虚勢を張った。
「そうかよ。んじゃ、お前にもいつか分かる日が来るといいな。」
目を伏せていた水城に幾分か余裕のある声が届いた。この男は自分の知らない、未知の世界を知っている。この男と人生を歩いて行きたい。
泣き腫らした両眼を向けて、恥も外聞も捨てて「やっぱり私、貴方じゃなきゃ嫌だ。」と駄々っ子のように水城は告げた。
「子どもみたいだ」と東条は少し揶揄りながら、その表情は満ち足りた様子でいっぱいだった。