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茅子(かやこ)の恋
第12章 葛藤
「ここに母の…すべてが置いてある」
航は結衣の手を引いて、航の部屋に連れて行った。暖房がついていない6畳の洋室は、ひんやりしていた。航は慌ててエアコンのスイッチを入れると、クローゼットを開け毛布を取り出した。全裸の結衣の肩に、航は毛布を掛けた。結衣は毛布を体に巻きつけると、航に向き合った。

「航…優しいね」
航は何も言わず、結衣を抱きしめると寝室に戻って行った。ひとり残された結衣は、目の前にある航の勉強机に座った。机のあちこちに見覚えのあるシールは貼ってあり、結衣は懐かしさに実家の部屋を思い出した。

「このシール、結衣も持ってた!」
思わず独り言が出てしまうほど、結衣は航と同じ時代を過ごしていた。そして机の前に、航の卒業アルバムを見つけた。いろんな顔の中学生の航が、アルバムの中で生き生きとしていた。結衣は思わず、また目元が赤くなるのを感じた。辛かった時代があるから今の自分があることに、結衣は思いを巡らせていた。

航がつけてくれた暖房が効き始めたせいか、結衣は身体が熱くなった。航にかけてもらった毛布を脱ぐと、結衣の裸体に優しい香りが漂った。結衣は深呼吸をして香りを確認すると、毛布を丁寧に畳み机の上に置いた。

全裸のまま立ち上がり、小さな部屋を見渡した。座っていた机は、カーテンが掛る窓の前にあった。その後ろの壁に寝室にあったチェストと同じ色の、少し大きなクローゼットがあった。そしてクローゼットの扉の下に、結衣は懐かしいシールを見つけた。誰もが知るキャラクターのシールは、名札になっていた。シールには『かあちゃんの』と、たどたどしい字が書かれていた。

航はベッドの上で、結衣を待っていた。その瞬間、結衣はクローゼットの扉を開けていた。
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