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  バガテル第25番イ短調  (エリーゼのために)
第1章 エリーゼのために…
 10

「あ、この前のプリントね…」
 葵さんはそう言いながらピアノの向こう側にあるテーブルから、数枚のプリントを持ってきた。

「そろそろ進路先を決めないとねぇ」
 そのプリントを眺めながらそう呟く。

「ふう、でもねぇ…」
 葵さんはため息交じりにそう呟く。

「わたしさぁ、色々あってさぁ…」

 なんだろう?…
 
「ねぇ、駿くん訊きたい?」

「え?…」
 ニコニコしながらそう訊いてくる。

「ねぇ、わたしのこと…知りたい?」

 それはもちろん知りたいに決まってる…
 

「じゃあさぁ、教えて…あげるね」
 すると、笑いながら話し始めてきた。


「わたしさぁ…
 小さい頃からカラダが弱くてさぁ…
 実はね、数えると三回ダブってるの…
 だからわたしは、本当は駿くんの三つ年上なの…」

「え…」

 三つ年上…
 だからこんなに大人っぽいんだ…

「最初は小学校入学自体が一年遅れでね…
 次に小五でダブって…
 そして中二の時に手術してダブって、こっちに転校してきたの?」

「え、手術?」

「うん、手術…
 ねぇねぇ訊きたい、聞きたいの?」

「うん…」
 
 なんとなくだけど、葵さんはワクワクしている様な顔をしていた…


「うんとねぇ、実はさぁ、同世代の人と話すのがさぁ…
 ほぼ一年振りでさぁ…
 それに駿くんかわいいからさぁ、話したくてぇ…」
 本当に嬉しそうな顔をしてくる。

「え、い、一年振り…」

「そうなの、殆どがお家と病院だから…
 お医者様やら、お父様、お母様、家政婦さんとしか会ってないのよぉ…
 だからぁ、駿くんとこうしているだけでさぁ…
 ドキドキ、ワクワクなのよね…」

 あ…

 僕と同じだ…

 だけど僕は…

 ドキドキと…

 ウズウズだけど…

「わたしさぁ、生まれながら心臓が悪くってぇ…
 でもね、一昨年にようやくアメリカで心臓移植手術ができたのね…」

「ア、アメリカ、移植手術…」

 テレビドラマみたいだ…

「うん…
 でね、無事に手術は成功してね…
 あと半年くらい安静にしてれば、ほぼ健常に戻れるみたいなのよ…」

 そうか、それは良かった…
 僕は、本当にそう思った。

「でもね…」

「え?…」

 でもねっ…てなんだろう?…


「心臓の…記憶がね…」


 え?…

 心臓の記憶?…



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