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  バガテル第25番イ短調  (エリーゼのために)
第1章 エリーゼのために…
 11

「でもね…」

「え?…」

 なんだろう?…

「心臓の…記憶がね…」

 え?…

 心臓の記憶?…

「うん…
 またはね…
 臓器の記憶転移ともいうんだけどね…」


 ※臓器の記憶転移(きおくてんい)とは、臓器移植に伴って提供者(ドナー)の記憶の一部が受給者(レシピエント)に移るとされる現象である…

 僕は、簡単に説明してもらった。


「え…そ、そんなこと…」

 そんなことあるのだろうか?…


「うん、わたしね…
 心臓移植手術をしてから劇的に人格が変わったの…」

「え、か、変わったって…」

 すると…

 葵さんはスッと立ち上がり、スカートの両裾を掴み、そして広げ…

「ほら…
 まずはこの女装かな…」

「えっ」

 あ、女装って…

 やっぱり、男だったんだ…

 僕は分かってはいたけど…

「急に女装が…
 ううん、女性の服が着たくなって堪らなく、いや、我慢できなくなったの…」

「服が…」

「うん、それもスカートが…」

 だからスカートなんだ…
 と、僕はそう思い、葵さんの脚元に目を向ける。


「あとね…
 このピアノ演奏…」

「え…」

「急にピアノが弾きたくなって…
 そしてこの『エリーゼのために』が弾きたくて…
 しかもね…」

 な、なんだろう?…

「しかもね…
 そもそも移植手術前は、ピアノなんて弾いた事が無かったの…
 でもね、急にピアノが弾きたくて、弾きたくて、堪らなくなって…
 お父様に無理云ってピアノを用意してもらったら…」

 え、まさか…

「そう、まさかよ…
 自然に、この『エリーゼのために』が弾けたの…
 しかも、完璧に…
 そして『エリーゼ…』だけでなく、ある程度のピアノ演奏が無意識に出来たのね…
 それもさぁ、指が自然に、勝手に動く感じでね…」

「え…、じ、じゃあ、そ、それは…」

「うん…
 だからお医者様もさぁ『臓器の記憶転移』なんじゃ無いのかな?って…」

「記憶転移…」

「あとね、あと…IQも突然上がったのよ…
 しかもIQ130に…」

「え、IQ130って…」
 それはたまたま僕でも知っていた。

 IQ130以上はある意味天才の部類に入る…

「す、すご…」

「ううん、わたしじゃなくて、前の人が凄いのよね…」

「前の人が?…」




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