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千一夜
第63章 第九夜 隣人たちとの狂宴
「初めてやな、お客さんみたいな人」
「初めて……ですか?」
「そりゃそうやろ。中古のレコード店に入ってきて、どんな音楽を聴いたらいいでしょうか? なんて訊いてくるお客さんなんておらんわな」
「いませんか?」
「おらんおらん」
 自称元ミュージシャンの中古レコード店の店主は、初めて宇宙人を見るような目で僕を見た(宇宙人なんて誰も見たことはないと思うが)。
 半世紀以上前に有名なフォークバンドでギターを弾いていたそうだ。だが、僕にはフォークが何なのかわからない。フォークってナイフとフォークのフォークのこと?
「……無理なのか」
 思わず心の中の声が出てしまった。
 生活に潤いをなんて考えて音楽を選んだが、そもそも僕には音楽の素養が全くない。音楽に興味を持ったこともないし、音楽を好きになったこともない。
「そやけどお兄さん、諦めたらあかんで。だってそうやろ、わざわざ自転車漕いでこの店まで来たんやもん。何でもええから好きなもの手に取ればええんや」
「何でもいから好きなものを選ぶってどういうことですか?」
「ジャケ買い言うてな、レコードのジャケットを見て、気に入ったものを買うことを言うんや」
「はっ?」
「ここに来る外人さんはようそうしてはるで。そりゃそやろ。外人さんは日本語わからへんからな」
「でもジャケットの中に入っているレコードがどういう音楽なのかわかりませんよね?」
「当たりまえや。そやけどな、大抵は当たっとるで」
「当たっている……」
 当たるとは、自分が求めた音楽に当たったということなのだろうか。
「ジャケットをバカにしたらあかん。ジャケットにはその音楽を制作した人間たちのメッセージみたいなもの詰まってるんや。単なるデザインとは全然ちゃうからな」
「メッセージか」
「お兄さん、ええこと教えたる。そういうものってな、手にしたときに心にずどんと大砲みたいなものがうちこまれるんや。音楽わからんのやったらそれをさがしたらええ。お兄さんの心が揺れたら、それが今お兄さんの求めてる音楽や。七十二のくそじじいの言うことに間違いはあらへんで」
 七十二になる自称ミュージシャンのくそじじいの言葉を僕は信じることにする。
「中古のレコードって五千円もするんですか?」
 適当に取ったレコードの価格が五千円で僕は驚いた。
「お兄さん、おもろい人やな。よし、あんたには負けたる」
 
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