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彼女はボクに発情しない
第29章 組曲:月下の夢 ”北極星”
☆☆☆
あの日、ビルの屋上で響に言われたこと。

『お前を殺して終わりにできるなら、楽なんだがな。』

響はこう続けた。

『お前を殺しても解決しない。奏がお前に恋するのをやめさせなきゃいけない・・・
 だから・・・
 奏に、嫌われろ』

響が言うには、ここのところの奏のPIHの悪化は、奏がボクへの恋心を自覚したことによるのだという。もちろん、そんなこと、にわかには信じがたかった。

『お前と奏の接触と、発情までの時間的間隔、血液検査の結果、そして、何より、奏のお前に対する態度が物語っている。奏はお前のことが好きなんだ』

人を愛したことによって、性ホルモンの分泌が増してしまう。そして、それはPIHの増悪に繋がり、放っておけば、あと1週間もしないうちに奏は自滅的な性行動を止めることができなくなるほど悪化すると、響は言った。

『猶予がない。1週間以内に奏をイギリスに連れて行く。』

そして、例えばボクがそばにいなくても、奏がボクのことを愛している限り、彼女のPIHは悪化し続け、治療はその効果の大部分を失うのだという。

だから、お前を今、殺しても無意味なんだ。
吐き捨てるように響は言った。

奏がボクのことを好きでいてくれた、というのはこの上なく嬉しいことだった。でも、同時に、それが奏の病を悪化させる要因にもなっている。

頭がくらくらする。世界が暗闇に呑まれたようだ。

なんだ・・・、彼女はボクに発情しないし、ボクは密かに彼女を愛することすら、最初から禁じられていたのか・・・。

どうしたら、いいんだろう。
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