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彼女はボクに発情しない
第10章 恋する乙女のための小夜曲
☆☆☆
午後は優子と映画を見に行った。午前中より、心なしか彼女が距離を縮めている気がする。距離というのは、物理的な、という意味だ。

時折、二の腕が半袖Tシャツのボクの腕に当たる。なめらかな肌の感触が一瞬感じられるだけで、ドキドキしてしまう。

ダメだ、意識しだすと、本当にダメだ。
なるたけ彼女の方を見ないようにする。だが、たまに気になってちらっと見てしまう。そうすると、彼女はすぐにボクの方を見て、例のあのニッコリとした笑顔を見せるのだ。

可愛い・・・かもしれない・・・。

映画は有名漫画を実写化したものだった。音楽家を目指す主人公の女性が、恋人との確執や先生や友人との出会いを通して成長するーといったストーリーのようだ。最後にはコンクールの入賞とともに、恋も成就する、というハッピーエンドな展開だった、みたいだ。

なんで、『ようだ』とか『みたいだ』と他人事のようなのか、って?
全くといっていいほど、映画に集中できず、筋がよく分からなかったのだ。優子がボクのことを好きだということが分かり、かつ、その可愛さを認識してしまってからというもの、頭の中がふわふわして、物事をよく考えられない。

映画を見終わった昼下がり、ボクと優子はそのまま電車に乗り、海辺を目指す。今日は小さいながらも花火大会がある。それを見に行こうというわけだ。

会場の最寄駅を降りたときにはすでに夕暮れが迫っていた。

駅から会場に向かう人の中には浴衣姿の人も多い。色々な人が歩いているが、やはりカップルが多い。皆、手を繋いだり、ひっつきながら歩いている。

「ね・・・高山くん・・・手、繋いでいい?」
下から見上げるように優子が言う。青く暮れなずむ黄昏時、彼女の肌色は不思議な色合いを見せる。ボクは魔法にかかったみたいに、手を差し出し、彼女はそれを取った。
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