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幻影の胡蝶 〜桃源郷の寵妃達〜
第2章 桃源郷は地獄だった
キシリと鳴る渡殿(わたりどの)を歩いてた。

その廊下に神殿を間切る妻戸は全て外されていて、中を覗くと薄い御簾が風に揺られていた。





桃源郷を見渡せる渡殿から幻想的なその光景を目を細めて見下ろした。

月は大きく金色に輝いているのに、夜と思える空は濃い青から薄い青のグラデーションの様だった。

その夜空の下に、所々明かりが灯されている民家がある。






正に幻想的な桃源郷と呼ぶに相応しい光景に、胡蝶はクラリと目眩がした。

ここは間違いなく死後の世界で。

自分は本当に彼を置いて死んでしまった様だ。






少し感情的になるその光景から目を離し、胡蝶は『蘇りの玉』が祀られている神殿に目を向けた。






「!?」






ゆらゆらと揺れている御簾から、先程は無かった人影を見つけた。







赤い着物の上に、赤い羽織り。

羽織りには金糸で朱雀の刺繍が描かれている。

まるで空気の様に立っている男を見て、胡蝶は思わず息を呑んだ。






「……お前が新しく来た胡蝶か?」

その男の声を聞いた瞬間に、胡蝶の心臓が跳ね上がった。





(この声は……嘘でしょ?)





男の顔は御簾に隠れてまだ見えない。

それでも聞こえてきた声だけで、胡蝶の胸は熱くなり、込み上げてくる感情で目尻が熱くなる。





震える手で御簾を上げると、そこには愛おしいあの姿があった。





「………中尉…。」





胡蝶から声が漏れて、朱雀の肩がピクリと動いた。

ゆっくりと朱雀が振り返ると、そこには愛した愛している男の顔が胡蝶を見据えた。





(ああ……どうして……。)





胡蝶は堪えきれない涙が流れて、鼻と口を両手で覆った。





愛おしそうに自分を見る胡蝶を見て、朱雀は乾いた笑みを浮かべてハッと息を吐いた。


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