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恋人岬には噂があった
第1章 第1話
(一)
七月初旬のこの日、既に西の空に日が沈み、神奈川辺りは暗かった。
連日残業が続いた工事だったが、現場への生コンの搬入は今日で終わっている。最終のミキサー車は既にプラントに戻り、ドライバーはミキサー車を洗い終えて、会社を後にしていた。
野上は、制御室の仕事を終えると、プラントの電源を切った。そして更衣室で服を着替え、事務所の明かりを夜間用に切り替えて外に出た。
事務所に鍵をかけて天を見上げると、星空が広がっていた。だが、明日からは通常の日々に戻るのだ。野上はランチジャーを手にして駐車場へとむかった。駐めてあるのは白いセダンである。
楓生コンの正門を出た野上は、西へ少し走り、峰川の堤の道に出た。
この道からは、対岸の松井町の明かりが遠くまで見渡せる。遠くのベッドタウンの明かりも、ここ数日の光景だった。
野上は堤の道を川沿いに下りながら、峰川の河口に架かる、かもめバイパスの吊り橋の明かりをちらと見た。二年前に、東へ続くバイパスと吊り橋が開通して以降、自宅までの時間はずいぶん短縮されたものだと思う。吊り橋の手前には、国道を結ぶ橋の明かりも見える。
堤の道が終わり、国道の交差点に近づいている。交差点の向こうに、ライトアップされた吊り橋がそびえ立つように見えて来た。いつ見ても迫力を感じる橋である。
野上は国道の交差点を横切ると、少し先を左折してバイパスに乗った。この潮崎町から、隣の錦浦町の自宅へむけて、日の暮れた海沿いのバイパスを走り始めた。
車が、恋人岬とも呼ばれる、観音岬のトンネルに近づいているときである。この岬の灯台の光が、水平線のほうへ流れて行くのが見えた。
人の噂では、恋人岬の灯台の光には独身の男と女を近づける力があり、車がトンネルに入る寸前に、灯台の光が車の真上に重なり、その瞬間に願い事を呟けば、それが叶うらしいということだった。
だが野上は、その噂を信じたことはなかった。だから、これまでの願い事はふざけ気分で、淫乱な女性との出会いばかりを呟いていた。
野上は灯台の光に注意しながら、タイミングを計るように車を走らせた。今回はいつになく真剣な眼差しである。
トンネル内のオレンジ色の光が迫り来るように見えた。トンネルが迫った。灯台の光が来る。野上はその瞬間に呟いた。今夜の願い事は、バージンの清純な女との出会いだった。
七月初旬のこの日、既に西の空に日が沈み、神奈川辺りは暗かった。
連日残業が続いた工事だったが、現場への生コンの搬入は今日で終わっている。最終のミキサー車は既にプラントに戻り、ドライバーはミキサー車を洗い終えて、会社を後にしていた。
野上は、制御室の仕事を終えると、プラントの電源を切った。そして更衣室で服を着替え、事務所の明かりを夜間用に切り替えて外に出た。
事務所に鍵をかけて天を見上げると、星空が広がっていた。だが、明日からは通常の日々に戻るのだ。野上はランチジャーを手にして駐車場へとむかった。駐めてあるのは白いセダンである。
楓生コンの正門を出た野上は、西へ少し走り、峰川の堤の道に出た。
この道からは、対岸の松井町の明かりが遠くまで見渡せる。遠くのベッドタウンの明かりも、ここ数日の光景だった。
野上は堤の道を川沿いに下りながら、峰川の河口に架かる、かもめバイパスの吊り橋の明かりをちらと見た。二年前に、東へ続くバイパスと吊り橋が開通して以降、自宅までの時間はずいぶん短縮されたものだと思う。吊り橋の手前には、国道を結ぶ橋の明かりも見える。
堤の道が終わり、国道の交差点に近づいている。交差点の向こうに、ライトアップされた吊り橋がそびえ立つように見えて来た。いつ見ても迫力を感じる橋である。
野上は国道の交差点を横切ると、少し先を左折してバイパスに乗った。この潮崎町から、隣の錦浦町の自宅へむけて、日の暮れた海沿いのバイパスを走り始めた。
車が、恋人岬とも呼ばれる、観音岬のトンネルに近づいているときである。この岬の灯台の光が、水平線のほうへ流れて行くのが見えた。
人の噂では、恋人岬の灯台の光には独身の男と女を近づける力があり、車がトンネルに入る寸前に、灯台の光が車の真上に重なり、その瞬間に願い事を呟けば、それが叶うらしいということだった。
だが野上は、その噂を信じたことはなかった。だから、これまでの願い事はふざけ気分で、淫乱な女性との出会いばかりを呟いていた。
野上は灯台の光に注意しながら、タイミングを計るように車を走らせた。今回はいつになく真剣な眼差しである。
トンネル内のオレンジ色の光が迫り来るように見えた。トンネルが迫った。灯台の光が来る。野上はその瞬間に呟いた。今夜の願い事は、バージンの清純な女との出会いだった。