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恋人岬には噂があった
第2章 第2話
 ダイニングに入った野上はそう言って、得意げに由香に眼を向けた。そしてランチジャーをテーブルに置いた。由香はその隣にスーパーの袋を置くと、整理しながら話し始めた。
「お父さんの合格はちょっと違う。だって、ちょこちょこ忘れ物がある。平均すると八十点。このカキフライと唐揚げは明日のお弁当のおかずにいいね」
 由香はそう言って、冷蔵庫に持って行こうとしている。
「由香、一言いい? それは晩酌の肴なんだけどな」
 野上が言うと、振り向いた由香がにっこり微笑んだ。
「晩酌の肴は違うのがあるから大丈夫。早くお風呂に入ったら? お父さんは今日も残業だったから、私が先に入ったからね」
「それでいいんだ。ところで、違う肴ってなに?」
 野上を見た由香が、考える素振りを一瞬見せた。
「それはお風呂から上がってからのお楽しみ。晩ごはんは温めればいいだけだから、早くお風呂に入ってくれない? 洗濯する物はかごだからね。私って忙しいのよ。早く早く」
 その口ぶりから察すると、冷蔵庫にしまったあと、ランチジャーを手にして台所に向かう由香は、野上の異変に気づいていないようである。野上は、娘ともうちょっと話していたかった。しかしせかされるように、作業服の入ったビニール袋を手にして浴室に向かった。
 野上はそのとき台所をちらと見た。由香がランチジャーを洗っている。泡まみれの手つきはなかなか良かった。我ながらいい娘に育てたな、と野上は思った。
 野上はドアを開けて脱衣所に入った。コーナーにある洗濯機は止まっていた。
 由香が洗濯物はかごと言うときには、既に何かが入っているということだ。以前気づかずに開けたときには、娘の下着が張り付いていた。その中には紐付きの黒い下着も張り付いていて、野上は不安になったことがある。近ごろの由香は妙に色っぽくなった気もしている。
 野上は作業服のポケットを確かめると、洗濯機の隣に置いてあるかごに入れた。洗濯機の中を確かめたい気持ちはありながらも、そのそばで裸になった。
 タオルを肩にかけた野上は洗濯機を横目に見て、浴室のサッシを開けた。入浴剤の甘酸っぱい香りが迫って来た。風呂上がりの娘と同じ香りだった。
 サッシを閉めて、野上は湯船に近づいた。体をながして湯船に浸かると湯が溢れ、勢いよく流れ落ちる湯の音とともに、今日の仕事の疲れが一気にとれるように思えた。
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