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恋人岬には噂があった
第2章 第2話
(一)
野上の自宅は、国道から山手の方へ坂道を少し登った、錦浦町の潮見が丘に建っている。昼間だと、自宅前の歩道に沿って近代色の屋根の家が並び、緑豊かな公園も見える。自宅の庭から太平洋が望める、見晴らしのいいところである。
今夜のように日が暮れた時刻に帰宅すると、西に続く山の向こうに、潮崎町の明かりが夜空に広がっている。目の前の海には、幾つもの漁り火が煌めくこともある。
しかし今夜は、漁り火は見えなかった。野上が西の夜空を眺めることもなかった。車庫に車を駐めると、すぐに車から降りている。隣に駐めてあるのは娘の車で、ワインレッドの四輪駆動車である。
娘が十八歳を迎え、免許を取得して車を買うときなど、私は可愛い軽四がいいと、何度となく言われたことだった。だが、いつもは娘に甘い野上だが、娘の身の安全、それだけは譲らなかった。これが安全だからと何度も説きふせ、この車に決めさせた。しかしすぐに、車の手入れの状況からして、由香お気に入りの車になっていたようである。
娘の車を横目に見ながら、野上は車庫から出た。立ち止まって夜空を見上げると、西の山の方に向けて夜空が少しずつ明らんでいる。ほんの少し見るだけだと、西の空が気になった。だが、野上は頭を振った。大きく深呼吸して玄関へ向かった。
玄関に近づいたときドアが開いた。肩ほどの髪を片手でちょっと上げて、由香が顔を覗かせた。
「お帰りなさい。忘れ物なく買って来てくれた?」
「もちろん。会計の前に確かめたから、忘れてるわけないじゃないか」
野上はスーパーの袋を渡した。
今夜の野上は、いつもどおりに喋り、いつもどおりに行動するのだと、自分に言い聞かせていた。袋を渡すときには、意識して由香に微笑み、歩き方にまで注意をはらった。
廊下に上がると、背後からドアの閉まる音が聞こえ、ロックする音も聞こえた。後ろから由香のスリッパの音が聞こえ、歩きながらスーパーの袋を覗き込み、頼んだ物を確認している気配もうかがえた。
「うん。今日のお父さん合格、忘れ物なしだ。あっ、カキフライと唐揚げまで入ってる」
背後から、由香のいつもの明るい声がした。そのとき野上は、自分の振るまいも合格だなと思った。
「だろ? お父さんの買い物はいつも合格と決まってるんだよ」
野上の自宅は、国道から山手の方へ坂道を少し登った、錦浦町の潮見が丘に建っている。昼間だと、自宅前の歩道に沿って近代色の屋根の家が並び、緑豊かな公園も見える。自宅の庭から太平洋が望める、見晴らしのいいところである。
今夜のように日が暮れた時刻に帰宅すると、西に続く山の向こうに、潮崎町の明かりが夜空に広がっている。目の前の海には、幾つもの漁り火が煌めくこともある。
しかし今夜は、漁り火は見えなかった。野上が西の夜空を眺めることもなかった。車庫に車を駐めると、すぐに車から降りている。隣に駐めてあるのは娘の車で、ワインレッドの四輪駆動車である。
娘が十八歳を迎え、免許を取得して車を買うときなど、私は可愛い軽四がいいと、何度となく言われたことだった。だが、いつもは娘に甘い野上だが、娘の身の安全、それだけは譲らなかった。これが安全だからと何度も説きふせ、この車に決めさせた。しかしすぐに、車の手入れの状況からして、由香お気に入りの車になっていたようである。
娘の車を横目に見ながら、野上は車庫から出た。立ち止まって夜空を見上げると、西の山の方に向けて夜空が少しずつ明らんでいる。ほんの少し見るだけだと、西の空が気になった。だが、野上は頭を振った。大きく深呼吸して玄関へ向かった。
玄関に近づいたときドアが開いた。肩ほどの髪を片手でちょっと上げて、由香が顔を覗かせた。
「お帰りなさい。忘れ物なく買って来てくれた?」
「もちろん。会計の前に確かめたから、忘れてるわけないじゃないか」
野上はスーパーの袋を渡した。
今夜の野上は、いつもどおりに喋り、いつもどおりに行動するのだと、自分に言い聞かせていた。袋を渡すときには、意識して由香に微笑み、歩き方にまで注意をはらった。
廊下に上がると、背後からドアの閉まる音が聞こえ、ロックする音も聞こえた。後ろから由香のスリッパの音が聞こえ、歩きながらスーパーの袋を覗き込み、頼んだ物を確認している気配もうかがえた。
「うん。今日のお父さん合格、忘れ物なしだ。あっ、カキフライと唐揚げまで入ってる」
背後から、由香のいつもの明るい声がした。そのとき野上は、自分の振るまいも合格だなと思った。
「だろ? お父さんの買い物はいつも合格と決まってるんだよ」