この作品は18歳未満閲覧禁止です

- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
東京帝大生御下宿「西片向陽館」秘話~女中たちの献身ご奉仕
第3章 女中 千勢(ちせ)

・・・そもそも、今回の旅は、上海に赴任中の父親と、大学卒業後の身の振り方を相談するためであった。富田の祖父は、長州藩士の結城家の出自で、明治中期から銀行、保険会社、貿易商社などを次々に設立し、事業を拡大してきた財閥の総裁である。父親はその三男で、籍こそ男系が絶えた元華族の富田家の養子となったが、財閥の重役として、貿易商社の拠点である上海支店で総取締を務めている。
これまで、祖父は、財閥中核の銀行を本家である長男の家系に委ね、一族には、富田の父親のように、要所で主家を補佐する役割を担(になわ)わせてきた。一方で、富田家の縁者からは、養子に入った父親はやむを得ないとしても、その息子の代には、結城家の傘を出て、名実ともに富田家を華族に再興することを切望されていた。殊に、富田は極めて成績優秀で、東京帝国大学法科に学んでいるため、上級官吏となることを期待され、実際、この秋の高等文官試験に合格して、大蔵省から採用内定を得ていた。

