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東京帝大生御下宿「西片向陽館」秘話~女中たちの献身ご奉仕
第3章 女中 千勢(ちせ)

絹地には僅かに淡い色が付き、前襟や帯紐の模様や色目も多彩だったので、女中たちは誰がどの色を選ぶか、ひとしきり賑やかにしていたが、やがてそれぞれの寝間着を手に、丁寧にお礼を言って部屋を出ていった。当番を始めたばかりの若い良枝が、それを着て奉仕する姿を想像したのか、頬を赤らめているのに気付いた幸乃が、その肩に優しく手を置いて一緒にお辞儀をした。
静けさの戻った「次の間」に、アールグレイ・ティーの爽やかな香りが立った。富田はテーブルに座り直すと、千勢の給仕で、トーストとベーコン入りベイクド・ビーンズなど、いつもの英国風の朝餉を摂りながら、かいがいしく動く千勢のメイド服姿を、まるで絵画でも見ているかのように目で追っていた。千勢は、その視線に寂しげな雰囲気を感じ取り、不思議に思いながら、いつもの悪戯(いたずら)っぽい目をして、両手でスカートの横を摘んで、少し広げてみせたが、やはり富田は、ほんの少し頬を緩めただけだった。
それから数日は、千勢は、朝餉の給仕と、夜学から戻った後にハーブティーを持って部屋に入ったが、富田から、そのまま部屋に残るよう求められることはなかった。富田は、<家>のことについて、その後父親からも、結城本家からも何の連絡もなく、イライラが募(つの)って落ち着かないままだった。先夜、千勢にメイド服を着せて抱いた時には、気晴らしになったかとも思ったが、やはり、ほんの一時しのぎに過ぎなかったことが身に染みていた。

