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コンビニバイトの男の子
第9章 雨
どちらに転んでも複雑な心境は変わらなかったと感じながら、貴之も簡潔に返信する。
《星野貴之:了解》
すぐに既読が付いた。
ここから萩子を寝室に連れてくるまで、シナリオに詳細は書かれてなく、悠希の流れに任せている。どのように誘導するか、それにどれぐらい時間が掛かるか、全く未知だった。
(もしかしたら、そのままリビングで始める可能性もある・・・)
リビングのドアを閉めていたら室内は窺えないのを承知で、階下の様子に全神経を集中させる。
(そうだ、躰の向きはドア側だった)
事前の取り決めを思い出して、寝返りをうつ。これは悠希からの提案で、必ずこの向きにと言われていたことだった。
階段をとんとんと駆け上がる音が聞こえてくる。
(誰か来る!)
貴之の心拍数が今まで以上に跳ね上がった。ごくりと生唾を飲み込む音が嫌に大きく聞こえる。
ドアの前で足音が止み、微かにドアノブを回す音がした。気配で、閉ざされていた寝室の空間が広がったのを感じる。
「ほんと、ぐっすり寝てますね」
その声は、間違いなく悠希の声だった。
(ほんとに来たっ!)
「あ、アイマスクしてるんだ。これなら大丈夫ですね」
「ち、ちょっと悠希くんっ?」
拒む萩子の声も微かにしてドアが閉まる。続くロックを掛ける音で、ふたりが寝室内に入ったことが解った。
(なるほど、躰の向きはきっかけに利用するためだったか)
密室に自分と、妻と、妻の不倫相手が揃ったということになる。この異様な状況を意識し、動悸が治まらない。
ふたりは暫くひそひそと言い争っていたが、やがて萩子の抗議の声が何かで塞がれ、代わりにぴちゃぴちゃと水音がしだした。
(キスしてるのか!寝ている僕の前で、鮎川君と!)
今まで何度も聴いた舌を吸い合う音が、耳に嵌めたイヤホンからではなく、生の音として直接鼓膜を震わせる。圧倒的な現実に、呼吸が荒くなった。
再び、ふたりの声がし始める。キスをする前とは違い、萩子の抗議の色合いは薄れていた。
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