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誰にも言えない、紗也香先生
第9章 雨あがり
口に含んだその熱に、私はただ静かに応える。
勇くんは無言のまま、私の髪をそっと撫でていた。
まるで言葉よりも、今の私をその手で受け止めてくれているように。

「……ん、ふ……っ」

舌の奥に触れる鼓動が、彼の想いを語っていた。
少しだけ目を上げると、彼の瞳はわたしのすべてを映す鏡のように澄んでいて、
その優しさに、胸がじんわりと熱くなる。

静かな部屋の中、かすかに響くぬるい水音と、
雨上がりの窓の外で鳴く虫の声が、交差する。

「勇くん……」

一度唇を離して、私はそっと呟いた。
少し息を吸って、立ち上がると、
タオルの落ちた肩から、体温が逃げるのがわかった。

その代わりに、勇くんが、私の手を取ってくれる。

「……そこ、行こうか」

彼の低い声が、耳元で優しく溶ける。
わたしは小さく頷いて、彼の指に導かれるままに歩く。

まだ濡れた洗濯物が揺れるロープの下をくぐって、
ふたり、灯りの消えた奥の布団に身を横たえる。

肌と肌が触れあうたびに、
少しずつふたりの温度が重なっていくのが、愛しくて仕方なかった。

そして私は、静かに目を閉じた。
朗読の夜は終わり、
次は、わたしたちの体と言葉で綴る、
甘くて、やわらかな物語が始まろうとしていた。
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