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誰もいないベッドルームで読む小説
第4章 滴る記憶
ホテルのシャワーが壁を叩く音に混ざって、彼女の気配が近づいてくる。
ドア越しに視線がぶつかると、なにも言わずに彼女は入ってきた。湯気のなか、肌がしっとりと光っている。

久しぶりの再会だった。抱きしめた理由は“寂しかった”のひと言じゃ足りない。でも、言葉にしたら、壊れそうで。

「……覚えてる?」
後ろから細い腕が腰にまわる。
その体温に、思い出が泡のように弾けていく。

彼女の指が濡れた背中をなぞるたびに、過去と今が交錯する。
「いつも、こうしてたよね」
くすぐるような声と、水の粒が混ざり合う。首筋に唇が触れた瞬間、思わず目を閉じた。

触れられるたびに、奥底にしまった想いが少しずつ溶け出していく。
水音の合間に、小さな吐息が混じり、浴室の空気が熱を帯びてゆく。

「ちゃんと、忘れられなかったよ」
そうつぶやいた彼女の頬に、私の指先が触れた。
濡れた額が重なり、心まで丸ごと抱きしめ合う。

シャワーの音が止まっても、私たちの時間はまだ、滴り落ちたままだった。

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