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柔肌に泥濘んで、僕は裏返る
第18章 混り合う澱のひとしずく
ナツが裕樹に背を向けて扉の前に立つが、後ろからでは鍵穴が見えない。

耳を澄ませると、電話越しに聞こえたのは男の声だった。

「え?分かってるよ、そんなの……。」

ナツの口調がムキになり、やがて小さく鍵の開く音がした。

ドアノブをひねれば開くはずの扉の前で、ナツは立ち止まったまま通話を続けている。

無防備に晒され続ける焦燥と、置いてけぼりにされたような気持ちに耐えきれず、裕樹はナツのウエストに後ろから腕を回した。

背中の体温に触れた瞬間、ナツの髪の香りが鼻を抜けていく。

ナツは裕樹を拒もうとせず、回された手の甲に重なるようにそっと撫でた。

同時に、ナツの声が僅かに上ずる。

「それじゃあ……鍵はまた戻せばいいのね。うん、ありがとう。また。」

ナツはそう言って、スマートフォンを耳から離した。

顔を僅かに後ろに向けたが、その表情は窺えない。

「甘えんぼ。」

ナツはひとこと呟き、ドアノブを回した。

扉の向こうは真っ暗に思えたが、月明かりのせいか家具や内装の輪郭はぼんやりと見えている。

踵を潰したスニーカーが音を鳴らしながら、裕樹はナツに抱きついたまま玄関に入る。

ナツが手探りにスイッチを押すと、パッと灯りが付いて廊下の先のリビングまで見える。

乱雑に脱ぎ捨てられた靴を整理する品性は必要もなく、二人はそのままリビングへ向かった。

入ってすぐの左手には、まだ新しいカウンターキッチンがあった。

家電は一通り揃っていて、今日から生活することもできそうなほど。

「そこは何か入ってるのかな?」

ナツは3つ口コンロの下の棚を指差し、裕樹が確認すると調理器具が入っていた。

「鍋とか、ヘラとか入ってる。ほとんど使われてないのかな。」

ナツに見せるように取り出した行平鍋には、焦げ付いた後もなかった。

鏡のように光るコンロを眺めている裕樹の背後で、カメラを起動する電子音が聞こえて振り返る。

「あ、そのままでお願い。」

ナツはまたしてもカメラを構えていて、シャッターに指をかける。

「え、何してるの?」

「何って、裕樹を撮ってる。」

「裸でキッチンにいる姿を撮るの?」

「そういう姿がいいの。ほら、そこに手を付いてみて。」

裕樹は持っていた行平鍋を置いて、ぎこちなくコンロの壁に手を付いて後ろを向いた。
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