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僕の愛する未亡人
第13章 欲しがる未亡人 本間佳織②
パソコンの出退システムで、退勤ボタンを押したあと、残る社員に「お疲れ様です」と告げて静かに部屋を出る。
静まり返った廊下を進み、女子更衣室に向かう。
中には、冴子しかいないようだった。ベージュ色の薄手のコートを羽織った冴子がロッカーに右肩を当てるようにしながら、スマートフォンを触っている。
佳織のロッカーは、冴子のロッカーから数個先のところにあった。

「お疲れ様です」

冴子は佳織を気遣って、スマートフォンをコートのポケットにしまうと、微笑んで声をかけた。
先よりも、密室のせいなのか、匂いが濃く漂う。声をかけられたにもかかわらず、冴子から目を逸らしてしまった。

(これ……男の人なら…ひとたまりもないよね……)

意識するせいで、自分の耳まで熱くなり、呼吸が心なしか浅くなる。

「体調悪いんじゃないですか? 顔、赤い気がします」

コツン、とヒールの音が佳織の右側で響いた。
コートを手に取ったあと、手に力が入ったせいでロッカーを閉める音が強く鳴る。

「触りますよ、絶対体調悪いですよね」

冴子は女性であろうと、無闇矢鱈に人の体に触らない。そう断ると、心配そうに左手の甲を頬に軽く当てた。
ひんやりとした冴子の手が心地よく、肌に吸い付く。だが――頬の温度が上がっていく。

「熱いですよ。……今日、この後予定があるんでお付き合いできないですけど、一人で帰れそうですか? いざとなったら、佐藤くんに連絡してくださいよ。多分、飛んでくるから」

冴子はおそらく、理央の気持ちを佳織が受け止めたことを知らないはずだが、半ばからかうように言う。だが、そんなことよりも、佳織の関心は別のところにあった。

「予定がある」――匂いの違いは、そのせいなのだろうか。
佳織は何も言えなかった。
その代わり――頬に添えられた手に、指先を添える。
以前キスをしようとした佳織に、咄嗟に口元に手を伸ばした冴子の手のひらの感触を思い出した。
理央との関係を案じた冴子は、佳織のその行動を拒んだが――結果的として距離を詰め、佳織は自らの体を寄せた。

――仕事熱心で……後輩思いが過ぎるんじゃない?

佳織はそう言って、冴子の甘い声を求めた。たった数秒のはずなのに、冴子と体を重ねた記憶が走馬灯のようにありありと思い返される。
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