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助教 沙霧
第12章 共犯の夜明け
 指先がうなじの柔らかな皮膚をなぞるたび、脳裏には逢ったこともない誉の冷徹な眼差しが、くっきりとした輪郭をもって浮かぶ。

 ――いいですよ、沙霧。そのまま、学生たちの前で、私への忠誠を証明し続けなさい。

 妄想の中の声は、彼女の心拍を跳ね上げ、下着をじっとりと湿らせていく。

 昼休み、一人で資料室に逃げ込んだ彼女は、震える手でスマートフォンを取り出した。
 誉への報告。それが、今の彼女にとって唯一の救いであり、同時に最も深い奈落への一歩だった。

『……仰せの通りに。講義の間も、一瞬たりとも、貴方のことを忘れることはできませんでした。学生たちの視線を感じるたび、自分が顔も知らない貴方に支配されていることを突きつけられているようで、……壊れてしまいそうでした』

 送信ボタンを押すと同時に、彼女は書架の陰で膝をついた。
 知性の香りに満ちたこの部屋で、自分は今、一人の男の指示一つで、崩れさろうとしている。その事実に絶望しながらも、沙霧の肉体は、誉という名の絶対者によって支配されることの悦びに、だらしなく蕩け始めていた。

 午後の研究会が始まるまでのわずかな時間。
 沙霧は、閉ざされた資料室の静寂の中で、自らのうなじに触れる指先に、より強い力を込めた。爪が肌をさらに薄く傷つける。「印」が消えてしまうことを畏れるように。

 その微かな痛みが、彼女にとっては、誉という主と繋がっている唯一の実感、共犯者としての「夜明け」の象徴だった。
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