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助教 沙霧
第13章 視線
 午後二時、文学部棟の三階にある小会議室。古典文学研究会の定例会が始まっていた。

 長机を囲むのは、沙霧と指導教授である岸田、そして数名の博士課程の院生と、オブザーバーとして参加している修士課程の学生たち。部屋の中は、古い書物から放たれる微かな湿気と、張り詰めた知性の火花が混じり合う、沙霧にとって最も「守られるべき」場所だった。

 だが、今の彼女は、その聖域の中で人知れぬ拷問に耐えていた。
 右手の指先は、誉からの命に従い、執拗に自らのうなじをなぞり続けている。端から見れば、それは論考を深めている学者の思索的な仕草に過ぎない。しかし、彼女の指先が触れているのは、昨夜の自慰の際に自らの爪で赤く跡をつけた、あの秘めやかな「印」の場所だった。
 
 指先が熱を帯びた皮膚に触れるたび、脳裏には誉の冷徹な言葉が火箸のように押し当てられる。

 ―― 誰にも悟られぬよう
 ―― しかし、貴女自身が片時も「女」であることを忘れぬように

 現在、壇上では後輩の佐藤が、中世和歌における「色気」の変遷について発表を行っていた。

「……このように、二条良基が説く『艶』の概念は、単なる表面的な華やかさではなく、抑圧された情念が内側から滲み出すような……」

 佐藤の熱を帯びた声が耳を滑っていく。沙霧は、彼の視線が時折、自分の手元や首筋に注がれるのを感じていた。

 視線

 それはかつて、彼女にとって「ノイズ」でしかなかった。美貌やスタイルを品定めしようとする無粋な男たちの視線を、彼女は氷のような沈黙で撥ね退けてきたはずだった。
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