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『春のにほひ』
第1章 沈丁花の咲く頃…
 8

「あ……」
 千里さんの舌先が唇を押し分け入ってきて、僕の舌に絡み付いてくる。
 そして、甘い蜜の様な……
 いや、涙が混ざり、塩辛いキスの味が、僕の心いっぱいに溢れてきた。

 こんなディープな、熱い想いの絡むキスは初めてであった…

「あら?」
 そして、どうやら、そんなことも千里さんには見抜かれてしまったみたい…

「あら、もしかして……」

「…………」
 僕はそんな呟きに、無言で頷く。

「あら、まあ、うふ、キミ、本当にかわいいのね」

「……………」
 返す言葉がなかった。

「お酒も初めてよね…
 あ、ううん、そういえば、キミのことは何も知らないわ…」

「あ、は、はい…」
 それは今さらでもあった。

「あ、あら、もしかして、お酒ヤバかったのかなぁ?」

「あ、いや、いちおう大学二年で二十歳です」

「そう、よかったわ、あ、お名前は?」

「はい、駿です…」

「駿くんかぁ、素敵な名前ね…
 わたしは千里、ちさとよ、歳は…うーん、ひみつかなぁ」
 そのかわいい照れ笑いに、僕は一気にドキッと心が昂ぶってしまう。

「そうかぁ、よかったわぁ…」
 そして千里さんは、そう感嘆の声を呟いてきた。

「え、よかったって?」

「だってぇ、二十歳なんでしょう」

「はい」

「だったらさぁ…
 何でもできるじゃん…」

「え…」

 そう言ってくる千里さんの目が、明るく…
 そして、濡れてきたのに僕は気付く。

 何でもできる…

 胸の奥で、何かが音を立ててきた。




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