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影を背負った愛~足りない愛を、君に
第32章 父の日の前夜 ~夢の余韻~ 二人交差編
電話が切れた後。健治はスマホをゆっくりとテーブルに置き、静かに息を吐いた。
そのままリビングのガラス扉を開け、夜風の入るベランダへ出た。

夜の神奈川の夜景が広がっている。
遠くに横浜の灯りが見え、街のネオンがぼんやりと瞬いていた。

健治はポケットから煙草を取り出し、火を点けた。

深く紫煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

口ひげの奥で、唇がわずかに緩んだ。

(……彩香の奴、珍しく積極的に電話してきたな)

夢の話。

1ヶ月前に自分が書斎で見た、あの幸せすぎる夢——

彩香と葵が生まれ、家族三人で幸せに包まれる夢。
目が覚めて夢精までしてしまった、あの夢。

健治はもう一度深く煙を吸い、夜空に向かって細く長く吐き出した。

(俺も……あの夢が、叶い始めているのかもしれない)

47歳の渋い顔に、静かな感慨が浮かぶ。
深く刻まれた皺の間に、柔らかい光が宿っていた。

(バツイチで、過去に散々女を傷つけてきた俺が……
彩香みたいな純粋で一途な女を、本当に幸せにできるのか。
まだ不安は消えない。
でも……今は、確かに現実が夢に近づいている気がする)

健治はタバコを灰皿に押しつけ、
もう一本に火を点けることもなく、夜景を見つめ続けた。

彩香の恥ずかしそうな声、
「大事にしたいと思っている人ができた」と言ってほしいという甘えた頼み、
そして電話の向こうで感じた彼女の震える想い。


すべてが、健治の胸の奥を熱くしていた。


「……葵、か」


小さく呟いて、健治は低く笑った。

(まだ早すぎる名前だな。
でも……いつか本当に呼べる日が来るかもしれない)

夜風が彼の厚い胸板を撫でる。

健治はベランダの手すりに両肘を預け、
遠い夜景の向こうに、ぼんやりと未来の家族の姿を思い浮かべていた。

夢はまだ遠い。

けれど、確かに一歩ずつ、現実がその夢に追いつき始めている——

そんな予感を、47歳の男は静かに、噛みしめるように胸に刻んでいた。
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