この作品は18歳未満閲覧禁止です

- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
『帰り花の夜に』~義母の静謐なる背徳
第3章 義息~超えてはいけない境界線(2)
足音を忍ばせるようにしてバスルームを出ると、リビングでは葉月がひとり、ヘアドライヤーの低い唸り声の中で髪を乾かしていた。
「ねえ、ママ」
背後から声をかけられ、私は濡れたバスタオルを抱えたまま足を止めた。
「ママったら、昔からどこか抜けてるんだから。亮介だって本気で肝を冷やしたみたいよ。心臓が喉から飛び出るかと思ったって言ってた」
「悪かったわね」と私は乾いた声で言った。
「亮介くんに、ちゃんと謝っておいて」
* * *
その夜は、そんなちょっとした突発的事故があったことを除けば、世界は何事もなかったかのように平穏な円軌道を描いて回っていた。
けれど、私の肉体は奇妙な疼きを持て余していた。理由を説明するのは難しくない。要するに、見知らぬ若い男に無防備な裸体を目撃されたからだ。肌の奥底に焼きついた視線の熱のようなものが、冷え切った夜気の中でも頑固に消えてくれなかった。
明日になれば娘たちは日常へと帰ってしまうという喪失感と、皮膚の内側で燻る不穏な熱が混ざり合い、私はシーツの上で何度も寝返りを打ちながら、正しい体勢を探し続けた。
そのうちに、壁一枚を隔てた隣の部屋から、かすかな吐息の気配が漏れ聞こえてきた。前夜のような露骨なものではなく、布地に吸い込まれるような控えめな音だった。
(やれやれ、いじらしいことだ)
私は暗闇の中で苦笑いを浮かべ、ゆっくりと瞼を閉じた。意識はそのまま、重力を持たない暗黒の底へと静かに吸い込まれていった。
翌朝、葉月たちは正午を待たずに家を去った。
それから季節がひと巡りし、初夏の気配が漂い始めた頃、葉月は出産のためにふたたび我が家へ戻ってきた。そして一ヶ月後、何の問題もなく第一子を産み落とした。亮介くんが立ち会いに来てくれたことが、私にとっては奇妙なほど喜ばしいことだった。
彼は我が家に二、三日滞在し、「落ち着いてこの子を腕に抱ける日を、楽しみにしています」と静かに言い残して、東京の仕事場へと戻っていった。
葉月は退院後もしばらく居座っていたが、「そろそろ亮介が心配だし、あっちで父親をやらせてあげなきゃ」と言って、荷物をまとめて帰っていった。
そして私はといえば、職場に三ヶ月ほどの長期休暇を申請した。
最低限の着替えをスーツケースに詰め込み、愛する娘たちの待つ場所へ向けて出発した。
「ねえ、ママ」
背後から声をかけられ、私は濡れたバスタオルを抱えたまま足を止めた。
「ママったら、昔からどこか抜けてるんだから。亮介だって本気で肝を冷やしたみたいよ。心臓が喉から飛び出るかと思ったって言ってた」
「悪かったわね」と私は乾いた声で言った。
「亮介くんに、ちゃんと謝っておいて」
* * *
その夜は、そんなちょっとした突発的事故があったことを除けば、世界は何事もなかったかのように平穏な円軌道を描いて回っていた。
けれど、私の肉体は奇妙な疼きを持て余していた。理由を説明するのは難しくない。要するに、見知らぬ若い男に無防備な裸体を目撃されたからだ。肌の奥底に焼きついた視線の熱のようなものが、冷え切った夜気の中でも頑固に消えてくれなかった。
明日になれば娘たちは日常へと帰ってしまうという喪失感と、皮膚の内側で燻る不穏な熱が混ざり合い、私はシーツの上で何度も寝返りを打ちながら、正しい体勢を探し続けた。
そのうちに、壁一枚を隔てた隣の部屋から、かすかな吐息の気配が漏れ聞こえてきた。前夜のような露骨なものではなく、布地に吸い込まれるような控えめな音だった。
(やれやれ、いじらしいことだ)
私は暗闇の中で苦笑いを浮かべ、ゆっくりと瞼を閉じた。意識はそのまま、重力を持たない暗黒の底へと静かに吸い込まれていった。
翌朝、葉月たちは正午を待たずに家を去った。
それから季節がひと巡りし、初夏の気配が漂い始めた頃、葉月は出産のためにふたたび我が家へ戻ってきた。そして一ヶ月後、何の問題もなく第一子を産み落とした。亮介くんが立ち会いに来てくれたことが、私にとっては奇妙なほど喜ばしいことだった。
彼は我が家に二、三日滞在し、「落ち着いてこの子を腕に抱ける日を、楽しみにしています」と静かに言い残して、東京の仕事場へと戻っていった。
葉月は退院後もしばらく居座っていたが、「そろそろ亮介が心配だし、あっちで父親をやらせてあげなきゃ」と言って、荷物をまとめて帰っていった。
そして私はといえば、職場に三ヶ月ほどの長期休暇を申請した。
最低限の着替えをスーツケースに詰め込み、愛する娘たちの待つ場所へ向けて出発した。

作品検索
しおりをはさむ
姉妹サイトリンク 開く


