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『帰り花の夜に』~義母の静謐なる背徳
第4章 義息~超えてはいけない境界線(3)
朝の冷ややかな光がカーテンの隙間から細く滑り込み、見知らぬ天井の白いクロスを切り取っていた。目を開けた瞬間、自分がどこにいるのかを正確に把握するまでに、小さな深呼吸が二つぶんほどの空白があった。やがて意識のピントが合い、記憶の断片が整然と元の場所へ収まっていく。
「そうか、ここは葉月の家なんだ」
昨夜、仕事を片付けてから遅い新幹線に滑り込み、夜更けにこの部屋へ辿り着いたのだった。軽い夕食らしきものを腹に収めると、すぐに冷えた敷布団の中に身を沈めた。
それは亮介君の勤務先が用意した賃貸マンションのひと部屋だった。その六畳間はどこか新鮮でありながら、同時に古い本を開いたときのような既視感があった。
私は天井の木目をぼんやりと眺めながら、かつて実家を出て、夫と二人で狭いアパートの生活を始めた頃のことを思い出していた。けれど今回は、娘と娘婿、そして生まれたばかりの赤ん坊という、奇妙にアンバランスで親密な四人編成の共同生活だ。
夫は「しっかり面倒を見てやってくれ」と、淡々と私の背中を押してくれた。私の銀行口座には、向こう三ヶ月を贅沢に過ごすのに十分すぎるほどの数字が、すでに正確に振り込まれていた。
「おはよう」
「あ、ママ、おはよう」
髪を短く切り揃えボーイッシュになった葉月が、朝のキッチンに立っていた。昨夜から明け方にかけて、彼女が何度となく起きて授乳をこなしていた気配は、薄い壁越しに伝わっていた。
「雫は? 眠ってるの?」
「うん、さっきなんとか寝かしつけたところ」
「ちょっと顔を見てくるわ」
私はベビーベッドの横に立ち、その小さな生き物の顔を見下ろした。頭には薄手の帽子をかぶり、手には木綿のフリルがついた極小のミトンをはめて、完璧な無心さで眠りに落ちている。
本当に小さくて、よく出来ている。まるで古い写真のなかから抜け出してきた幼い頃の葉月そのものだ。
「ねえママ、雫のこと少し見ててくれる? すごく眠くて、少し横になりたいの。お願いできる?」
「任せておきなさい」と私は言った。「私にはね、赤ん坊が何を欲しがっているのか、泣き声を聞けばだいたい手に取るようにわかるのよ。オムツは替えておくから、授乳の時間になったら起こしてあげる。だから何も心配せずに寝ていらっしゃい」
葉月は短く頷くと、重たい足取りで寝室の暗がりへと消えていった。
「そうか、ここは葉月の家なんだ」
昨夜、仕事を片付けてから遅い新幹線に滑り込み、夜更けにこの部屋へ辿り着いたのだった。軽い夕食らしきものを腹に収めると、すぐに冷えた敷布団の中に身を沈めた。
それは亮介君の勤務先が用意した賃貸マンションのひと部屋だった。その六畳間はどこか新鮮でありながら、同時に古い本を開いたときのような既視感があった。
私は天井の木目をぼんやりと眺めながら、かつて実家を出て、夫と二人で狭いアパートの生活を始めた頃のことを思い出していた。けれど今回は、娘と娘婿、そして生まれたばかりの赤ん坊という、奇妙にアンバランスで親密な四人編成の共同生活だ。
夫は「しっかり面倒を見てやってくれ」と、淡々と私の背中を押してくれた。私の銀行口座には、向こう三ヶ月を贅沢に過ごすのに十分すぎるほどの数字が、すでに正確に振り込まれていた。
「おはよう」
「あ、ママ、おはよう」
髪を短く切り揃えボーイッシュになった葉月が、朝のキッチンに立っていた。昨夜から明け方にかけて、彼女が何度となく起きて授乳をこなしていた気配は、薄い壁越しに伝わっていた。
「雫は? 眠ってるの?」
「うん、さっきなんとか寝かしつけたところ」
「ちょっと顔を見てくるわ」
私はベビーベッドの横に立ち、その小さな生き物の顔を見下ろした。頭には薄手の帽子をかぶり、手には木綿のフリルがついた極小のミトンをはめて、完璧な無心さで眠りに落ちている。
本当に小さくて、よく出来ている。まるで古い写真のなかから抜け出してきた幼い頃の葉月そのものだ。
「ねえママ、雫のこと少し見ててくれる? すごく眠くて、少し横になりたいの。お願いできる?」
「任せておきなさい」と私は言った。「私にはね、赤ん坊が何を欲しがっているのか、泣き声を聞けばだいたい手に取るようにわかるのよ。オムツは替えておくから、授乳の時間になったら起こしてあげる。だから何も心配せずに寝ていらっしゃい」
葉月は短く頷くと、重たい足取りで寝室の暗がりへと消えていった。

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