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おこごと
第3章 朱鉛
(クスッ)

今日の杏里は、静かに溢れ出す笑いを、止める事が出来ない。

昨日あの後、父からコッッテリと怒られた男は、大きな身体を、子供のように丸め、謝罪を繰り返していた。

(ホント、ばっかみたい。)
クスクスと笑いながら、大きく伸びをする。すると、杏里の視界に、昨日、男の大きな温かい手に捕まれた、自身の小さな手が映る。

あんな風に手を引っ張られて走るのも、怒られることも、いつぶりだろうか。

柔らかな自身の手を、杏里は撫でてみる。
(あの人、いつもあんなお節介なのかな。…嫌なヤツだけど、でも――)
「マリちゃん!」

ハッと顔をあげる杏里の前に、バスローブに身を包んだ男が濃い影を作った。

「どうしたの?」

微かな香水の匂い。
男は湿った手を、杏里の手に重ね、覆い被さるようにして、杏里の首筋に顔を埋めた。
キングサイズのベッドが小さな悲鳴をあげる。

男のゴツゴツとした手が、杏里のバスローブの中を這い廻る。


(私は…)


(こっち側の人間なんだ。)
隼人という名の男の顔が、浮かんでは消えていく。

杏里は、ゆっくりと息を吐き出すと、固く、固く目を閉じた。
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