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毒舌
第37章 禁断
「香島、琴美を頼む」
「え――トビ、」
私がトビを止めるより先にトビは飛びかかっていった。
「貴様だけは許さん、糞烏が!」
烏と呼ばれた妖怪はヒラリと身軽な跳躍を見せた。二人ともあっという間に吹雪の中に消えてしまった。
「とりあえず少しずつでも山を下りようか」
こんな風の強い中を滑っていける気はしないけど、ここで凍え死ぬわけにはいかない。私は頷く。頬に吹き付ける雪が痛い。
「え……?」
見間違いかと思った。真っ白な雪の中に真っ白なひとがいたから。疑いの余地はなかった。
「氷女さん、…ごめんなさい。あなたの縄張りを荒らすつもりは――」
氷女は微笑を浮かべた。いい人かもしれないと一瞬期待した。でも彼女が手をこちらへスイと差し向けると無数の氷柱が飛んできて辺りにパッと赤い色が散った。真っ白だった世界に突然の赤。痛くないのは寒さでとっくに神経が麻痺しているからか、それとも痛みを感じないくらい鋭い傷だからか。
違う。
「っ香島、さん!?」
私に刺さった氷柱は僅か数本。大半は香島さんが私を庇って身代わりとなっていた。
「香島さん!香島さん!!」
長い氷柱は香島さんの体を貫通して赤い血を滴らせてゆく。
「わらわはたたかいはきらい。あらそいはきらい。うばいあいはきらい」
謡うように、氷女の細い声が聴こえた。
「香島さん!しっかりして!」
「あいするとのがたに、おもいがとどかない。かなしいかな。かなしいかな」
みるみると顔色が悪くなる香島さんを抱えて必死に叫んでも、状況は変わらない。
「なげきかなしむもあい。」
「やだ、しな、ないで……っ」
何の力もない。どうしていいかわからない。泣くことしかできない。私は無力だった。
大丈夫って笑ってくれない。すっかり瞳孔も開いた半開きの目は力がない。血を垂れ流すだけの口は言葉を紡がない。
「―― トビぃいいー!!」
力一杯悲鳴をあげて救いを求める、私はなんて無力。泣いて啼いて哭くしかできない。