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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第2部
第3章   

「いやっ!? やだっ 怖い、やめて……っ!」

 薄い唇が途端に色を無くし。

 華奢な全身が、足元から這い上がってきた大きな震えで、ぶるぶると細動し始める。

 なのに、

「やめてやらない」

 そう呟いた兄は、目の前でどんどん色を無くしていく妹の身体を、いとも簡単に横抱きし。

 リビングから出て向かった先は、廊下を挟んで向かいにあるベッドルームだった。

 天井まで届く開放的な窓ガラスの先には、リビングと同じくウッドデッキが広がり、

 そしてその先には、どこまでも静かな湖面が広がっていた。

「――っ!? や……っ な、何するの?」

 焦茶の木製の支柱に囲まれた、キングサイズのベッド。

 オフホワイトのそこに降ろされそうになったヴィヴィは、

 泣き出す寸前の声音で、己を抱き上げている男を見上げる。

「何って、男女がベッドの上でする事なんて、1つしかないだろう?」

「―――っ」

 兄の言葉に凍り付いたヴィヴィの身体が降ろされ、羽根布団の泡の海に沈み込む。

「ヴィクトリア……」

 ベッドに腰を降ろした匠海が、昔の呼び名を発した途端、

「わ、私は “ヴィヴィ” よっ」

 必死に訂正するヴィヴィに、匠海はゆるゆると首を振る。

「俺には “ヴィクトリア” にしか映らない」

「……もう、殺した……」

 そう。
 
 自分は何度も何度も殺した。

 兄が愛する自分を。

 兄を愛する自分を。

 そして、

 最期に残ってしまった、この “容れ物” をも、

 今まさに、消滅させんとしている。

「いいや、死んでいない」

 何を根拠にか、迷い無く発せられるその主張を、

「死んだっ!」

 ヴィヴィは叫んですぐに打ち消した。

 匠海の愛した “ヴィクトリア” はもう存在しない。

 もし存在するとすれば、それは亡霊だ。

 兄の妄執が創り出した幻影、虚像、ファンタジー(空想)。

 そんなものに付き合わねばならぬ覚えは、今の自分にはもう無い。 

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