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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第9章 第二話・伍
 佐吉は早くにふた親を失い、父方の祖父母に育てられたのだと聞いている。現実には、佐吉の母は幼い息子を舅・姑に託し、江戸に嫁いでいったのだと他の村人が興味本位に陰で教えてくれた。
 そのささやかな嘘は佐吉なりの精一杯の意地というか誇りなのだろうと思い、お民は敢えて佐吉には何も言わなかった。恐らく、佐吉には母に棄てられたという想いがぬぐえないのだろう。母は幼い我が子よりも自分の幸せの方を選んだのだと、年端もゆかぬ佐吉がそう思い込んだとしても無理はないだろう。
 佐吉は、お民より三つ下の二十三だという。丸顔のどちらかといえばまだ少年の面影をとどめるような面立ちは、源治とは似通ったところなどないが、この男と話していると、不思議な懐かしさを憶えた。
 まるで源治と一緒にいたときのような、心の安らぎを感じることができるのだ。とはいっても、佐吉への親しみめいた気持ちはあくまでも世話になっている恩人へのものにすぎない。
 江戸から流れてきて、ある日突然、村に住みついたお民を快く思わない者も多い中、この村長は反感を買うことも怖れず、お民を庇ってくれた。こうして時折、様子を見がてら訪ねてきては、何か困ったことはないかと気遣ってくれる。
「そういえば」
 佐吉が思い出したついでというように、懐から何かを取り出す。それは、まだ編み上げたばかりの草鞋であった。紅い鼻緒が鮮やかで、愛らしい。
「これを使って貰えないだろうか」
「もしかして、佐吉さんが編んだんですか」
 お民は眼を見張った。
 ここの村人たちは主に農業を営んでいるが、副業や内職として夜や農作業のできない冬場は草鞋を編むのだ。
「この間、今まで履いていた草履の鼻緒が切れて困っていると聞いたものだから」
 訥々と喋る佐吉はけして饒舌ではない。童顔で歳よりは若く見えるくせに、どこか老成した雰囲気が漂い、普段から物静かな若者であった。そんなところも、こうしていると、源治といた頃を思い出させる一因なのかもしれない。
「ありがとうごさいます」
 お民は両手で押し頂くようにして草鞋を受け取った。
「大切に履かせて頂きます」
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