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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第9章 第二話・伍
「お民さんには負けたよ。俺なんか、村長ったって、まだまだ思慮分別のねえ青二才だな。貫禄だって、お民さんの方が数倍勝ってる。でも、嬉しいよ。この村は俺が生まれ育ったふるさとだもの。生まれ故郷を賞められて、嬉しくねえ奴はいないだろう」
 お民が微笑んで頷く。
 帰り際、佐吉がふと振り向いた。
 お民の住む家はなだらかな丘の上に建っている。その丘から続く緩やかな斜面を降りると、村の本道に至り、やがてその本道が村の入り口ともなる螢ヶ池に繋がってゆく。
 つまり、家の前に立つ二本の樹も丘の頂にに立っているのだ。
 佐吉とは、いつものようにその樹の下で四半刻ほど話しただけだった。
 二、三歩あるいたところで振り返った佐吉の表情は、逆光になっていてよくは見えない。
 佐吉は伸び上がるようにして片手を振りながら言った。
「良い村長になるよ。村人が安心して暮らせるような、お民さんが笑って暮らせるような、そんな村を作りてえ」
「佐吉さんなら、きっとなれますよ」
 お民は負けないような大声で手を振り返した。
 緩やかにうねる道を辿りながら、佐吉は心の中で考えていた。
 お民ほどの女がそこまで惚れた男というのは、どんな男なのだろうか。きっと自分など脚許にも及ばない男気のある、大人の男なのだろう。
 そう思うと、その男が少しだけ妬ましい。
―この子の父親とは別れました。でも、今でも、私はそのひとのことが大好きなんです。
 凜とした声でそう宣言したお民の笑顔は、実に妖艶で美しかった。佐吉がふられてもなお、その笑顔に心奪われるほどに。
 だが、艶やかなこの微笑がひどく儚げで淋しげにも見えたのは、気のせいだったのか。
 お民には何か翳りのようなものが纏いついている。その過去に、どれほどの哀しい辛いことがあったのだろう。お民が惚れる男との別離もその哀しい出来事の一つに違いないだろう。
 せめて、これから先だけは、お民が哀しむことのないように、あの笑顔が曇ることのないようにしてやりたい。この村が大好きだ言ったあの女のために、村長として村のために尽くしたい。
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