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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第9章 第二話・伍
 そのために、自分に何ができるだろうか。
 この小さな村が、お民にとって今度こそ安住の地となるように祈りながら、佐吉は帰り道を辿った。

 佐吉が帰った後もなお、お民は一人で庭先に座っていた。
 時折吹き抜けてゆく風に、頭上の梢が揺れ、さわさわと音を立てる。橘の白い花が陽光に眩しく射貫かれ、揺れる。 
 涼やかな凛とした花がいっとき暑さを忘れさせてくれる。お民は眼を細めながら、その清楚な花を飽きることなく見つめた。
 この花を見ている中に、気付いたのだ。
 この家―囲炉裏のある十畳ほどの板敷きの間と六畳ほどの畳部屋、それに納戸とささやかながら湯殿まで付いている。女独りの暮らしには贅沢すぎるほどだ―の庭に出て、毎朝、同じ風景を眺めている中に、大切なことを思い出した。
 花は誰に教えられずとも、花開く瞬間(とき)を知っている。そして、また盛りが過ぎれば、自ら潔く花びらを落とし散ってゆく。誰に見られることがなくとも、このような山里で、白い花は幾年、いや気の遠くなるような年月の間、一人で咲き散っていったのだ。
 自分もまた花になろうと。何の花かは判らない。しかし、隠れ里にひっそりと咲く野辺の花でも構いはしない。たとえ見る人が誰もおらずとも花を咲かせてきたこの橘のように、自分もまた自分なりの花を咲かせたいと思うようになった。
 それは即ち、心のままに、宿命(さだめ)のままに生きるということだ。しかし、けして運命に流されるままに生きるということではない。宿命に逆らわずしなやかに生きながらも、自分を常に見失わず、したたかに前だけを向いて生きてゆく。
 どんな運命でも狼狽えることなくしっかと受け止め、一つ一つの山を乗り越えて生きてゆく。そんな大人の女の生き方をしてみたい。
 いつかずっと先になって、もし源治にどこかで逢うことがあったなら、また源治が自分に惚れ直してくれるくらいに、とびきりの良い女になりたいと、お民は願うようになった。
 また、風がどこからか吹いてきて、橘の花が揺れた。
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