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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第9章 第二話・伍
 夜明け直後の空は、生まれたばかりの太陽が頭上高く輝き、今日もまた暑い一日になりそうなことを告げている。
 家を出て丘を降りてゆくと、村の本道を進み、螢ヶ池に出る。折しも池の面は薄紅色の花が一面に咲いている。朝露を帯びて開く花は清浄可憐でありながらも、どこか艶めいていて、まさにこの世の極楽浄土はさもありなんといった風情であった。
 たくさんの薄紅色の花に混じって、所々に白い花が見える。清しい白が清冽に眼を射た。
 お民はしばし魅入られたように、この世のものとも思われぬ夢のような光景を凝視した。
 あれは何の鳥だろうか、どこからか飛んできた蒼っぽい鳥が水面すれすれに翼を大きくひろげて旋回する。
 しばらく眼で追っている中に、もう一羽が空から舞い降りてきた。戯れ合うように、もつれ合うようにしながら水面に浮かんでいたかと思うと、二羽の鳥は羽ばたき、再び天高くへと飛翔する。鳥たちは直に雲の彼方へと吸い込まれるように消えた。
 一抹の淋しさを憶えて小さな吐息を洩らした時、ふと肩に置かれた手の温もりがあった。
「―こんなところにいたとは、本当にお前にはびっくりさせられどおしだ」
 懐かしい、深い声。心に滲み入るような声だ。
 この声をどれほど聞きたいと、恋しいと焦がれたことだろう。
 お民は肩に乗せられた手のひらに自分の手を重ねた。
 今だけ、今のこの瞬間だけは、この温もりに甘えさせて。すぐにこの手を放すから、せめて今だけは―。
 自分で自分に言い訳しながら、源治の手の温もりの心地良さを全身で感じた。
「随分と探したぜ」
 源治の声には、苦渋が滲んでいた。
 大好きな男をまた困らせてしまった―、罪の意識が湧き上がる。
「履物屋の伊佐さんからの情報でよ、どうやらお前らしい女がここにいるって聞いて、矢も楯もたまらなくなって来てみたんだ。もう藁にも縋る想いだった」
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