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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第9章 第二話・伍
 源治が笑いを含んだ声で言う。その視線がすっと動き、大きく膨らんだ腹の上で吸い寄せられるように止まった。
「腹、大きくなったな。何ヶ月になるんだっけ。俺は男だし、父親になったことがねえから判らないが、腹の赤児が動いたりするんだって? そいつもやっぱり動くのか」
 刹那、お民の顔が強ばり、さっと蒼褪めた。
「お前さん―」
「触らせてくれねえか」
 予期せぬ展開に、お民は言葉を失う。
 源治がそろりと手を伸ばし、お民の丸いお腹に触れた。
 その瞬間。
 腹の赤児が元気に、いつもよりひときわ大きく内側から腹壁を蹴った。
「おっ、動いたぞ。凄ぇなあ。こいつ、もう、俺のことが判るのかもしれねえ。さぞかし、利口なガキになるぜ。おい、判るか、俺がお前の父ちゃんだぜ」
 膨らんだ腹に向かって相好を崩して呼びかける姿は、まさに、初めての子の誕生を待ち侘びる若い父親そのものだ。
「お前さん、それは!」
 お民が首を振った。
 できない。源治の一生を台無しになんてできない。源治が腹の子の父親になろうとまで言ってくれるのは嬉しい。でも、その優しさに甘えてしまっては駄目だ。
「お民、また一緒に暮らそう」
 源治のきっぱりとした物言いに、お民はかぶりを振る。
「それはできないわ」
「何故だ? 生まれてくる腹の赤ン坊と親子三人で暮らせば良いじゃねえか。そうすれば、腹の子は父親を失わずに、俺はお前を失わずに済むんだ。お前が江戸に帰るのが厭だっていうのなら、俺はここに住んでも良い。なに、仕事なら何とかなる。畑でも田んぼでも耕して、俄百姓になるさ」
「―お前さん、そこまで」
 言葉こそ穏やかであったが、源治の瞳には揺るがぬ決意が既に込められている。
 源治の気持ちは死ぬほど嬉しい。だが、本当にその気持ちに寄りかかってしまっても良いのかと、まだ一抹の迷いがある。
「―こんな私で良いの?」
「俺にはお前しかいねえ。いつかも言っただろう? 俺がお前の笑顔を一生守るって」
 お民の脳裡に、初めて源治に想いを打ち明けられたときの言葉が鮮やかに甦った。
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