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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第9章 第二話・伍
―お前の笑顔が良いんだ。
―私の笑顔がなくなっちまったら?
―そしたら、俺が笑わせてやる。
 ふいに懐かしい甘やかな記憶が呼び起こされ、思わず熱いものが込み上げた。
 ふっと涙ぐんで笑う。
「馬鹿だねえ。他の男の子を身籠もった女を引き受けようだなんて」
「馬鹿でも良いよ。俺は一生、お前に傍にいて欲しい。いつも俺と一緒にいて、お前の笑った顔を見ていてえんだ。それにな、正直言うと、俺ァ、一日も早く、てて親ってものになってみたかったのさ」
 源治は幼い時分ら父を失くし、母親は苦労して女手一つで二人の子を育てたという経緯がある。
 一日も早く我が子をその腕に抱きたいと願っていたという源治。でも、源治はお民にこれまで一度もそんなことを言ったことはなかった。所帯を持ってから、お民はなかなか子がではないのを気にしていた。源治は、お民の焦りと不安を誰よりよく知っていたのだ。
 それなのに、自分はいまだに源治の子を生むことができないでいる。源治の女房となってから二度も身籠もったのに、その子はすべて石澤嘉門の種だった―。
 暗澹とした想いに沈むお民の耳を、源治のしみじみとした声が打った。
「だから、お前に子ができたと知って、嬉しくもあるんだぜ」
「でも、お前さん。この子は―」
 ふいに強い力で引き寄せられ、顔を覗き込まれた。
 心に反して振り払おうとしたけれど、男の手は強く身体を包み込み、容易く外れないタガのようだ。その力が心地良い。
 お民は、頭を源治の胸に預け、眼を閉じた。
「それ以上言うな。たとえ誰が何と言おうと、お前の腹の子は、俺の子だ。お民、お前は俺の子を生むんだ、な?」
 いつもは寡黙な良人らしからぬ早口と長向上に、開きかけた唇を止められる。
 ほとばしりそうなものを懸命に抑えたような声の響きに、源治の葛藤を痛いほど強く感じた。
「お前さん―」
 お民は源治の逞しい胸から顔を離し、良人を見上げる。
 何があっても受け止めてくれそうな懐の深さを感じさせる微笑に、お民はもう何も言えなかった。
 朝の透明な光が水面の睡蓮をやわらかく包み込むように照らし出していた。
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