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吼える月
第36章 幻惑
 
「お前の心は、俺のものだろう? だったら口づけは解禁だ。あれから何度も口づけを交して、抱かれていただろう、俺に」


 好きだと告げた記憶がある。
 だから何度も喜んで抱かれてきた記憶もある。

 しかしそれが、砂塵のようにぶれていくのだ。


――ツライゲンジツニモドルナ。


「ユウナ、ここにいろ」

 ……違う。
 好きなのは、この男ではない。

 ユウナの心がそう叫んでいた。

 あたしが好きなのは、あたしに触れてあたしの〝主〟であろうとする、このサクではない。

 ユウナはサクを突き飛ばした。


「ユウナ、なぜ!? 俺を拒むな!」


 だったら、あたしが好きになったサクは?


――ナンジノノゾミヲ


「俺は叶えてやれる。平和な世界でふたりきり、お前と愛し合ウコトガデキル」


 ああ、なぜあたしは忘れていたの。


――姫様、"いい話"って? 教えて下さいよ。


 あたしは、サクに伝えたかったのに。


――お嬢、"いい話"、猿にしたんでしょう?

   
 あんなに伝えようとしていたのに。


――猿が好きって。


 どうして、今まであたしは本当のサクに言っていなかったの。
 あたしもあなたが好きなんだって。
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