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五十嵐さくらの憂鬱。
第16章 …16
「ちが…翔平…」

しかしその声とは裏腹に
目から涙がぼたぼたと流れてきた。

「行こう」

翔平は強引にさくらを立たせると
その場を後にして
人気の少ない、日陰のベンチへと座らせた。

ちょっと待っててと
翔平は駆け足で去っていき
1分も経たないうちに
飲み物を持ってさくらの前に現れた。

その手には、冷たいココアの缶ジュース。
ちゃんと覚えていてくれたんだと思うと
切なくて、引っ込んだ涙がまた出てきそうになった。

「泣くなよ、俺が泣かせたみたいだろ
…って、俺が泣かせたんだけどさ」

何も交わす言葉がなくて
2人で並んでココアをすすった。
さくらに関しては、ココアが少し
しょっぱかった。

ベンチでグズグズ泣いていると
ふと、翔平に頭を撫でられた。
大きな手で、優しくも、力強く撫でる彼を見ようとすると
途端にぎゅっと抱きしめられた。

「…っ」

ダメだよと言おうとして吸い込んだ空気が
唇から漏れる前に
翔平の唇が塞いだ。

全くの一瞬だったのか
それとも長い口づけだったのか
頭がパニックになったさくらには
永い一瞬になった。

「ごめ…ごめんな」

きつく抱きしめられながら
さくらは止まらない涙に自分でも驚きながら
翔平を拒むこともできず
ただただ、その場にいた。
痛む心は、翔平と同じ。
まるで、翔平の心臓が移ったようだった。

「…帰ろう、さくら。
今日は、本当にありがとう」

「翔平…」

申し訳ないことをした。
きちんと断れば良かったんだ。
今更だが、もう遅い。
翔平を傷つけたのは
目に見えた事実だった。

あまりにも情けない自分の涙に
さくらは喉がギュッと鳴るかのような息苦しさを感じた。

そして、それと同時に
樹に会いたかった。
会いたくて会いたくて
苦しくて世界が終わりそうに思えた。

その後、どう帰ったのか
さくらははっきりとは覚えていない。
気がついたら、翔平と分かれるために
駅についていた。

「明日からは普通な。
気まずいからさ、普通にしてよ」

翔平にしては、あまりにも小さな声に
さくらの思わず寄った眉根を
翔平が止めるように
ほっぺたを両手でプレスした。

「ありがとうな」

そう言って去っていく翔平の足取りは、
どこか吹っ切れた感があった。

さくらは帰ろうと、踵を返す。
それを、じっと見いている人影には気づかなかった。
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