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五十嵐さくらの憂鬱。
第7章 …7
薄暗い家路までは遠く
以前、樹が待っていてくれたガードレールを探すが
樹の姿は見えない。

途端にさくらは泣きそうになった。
樹に見放されたような感覚。
光輝の冷たい視線を思い出すと
怖さと切なさに
胸がぎゅっと痛くなった。

「…おかえり。どうしたの、ひどい顔だよ」

アパートの階段を上って
自分の部屋の前に樹が立っていた。
さくらの様子に気づき、すぐさま寄ってきて頬に手を添える。

「大丈夫?」
「樹先輩…」

さくらは思わず樹に抱きついた。
涙は出なかったが、怖さと切なさと寂しさで震えた。
樹は壊れものを扱うかのようにさくらを抱きとめ
頭をこれでもかというほど優しく撫でた。

「…身体冷えてるよ。中に入ろう」

樹にいざなわれて
さくらはアパートの中へと入った。
樹は玄関に立ち止まり、中へ入るのをためらっている様子だった。

「上がってください…」
「それは、できない」

樹はさくらを見据えた。
さくらは思わず樹の手を握る。
いつから待っていたのか知らないが
指先はかなり冷たく、寒さで赤くなっている。

「なんで、ですか?」

樹は困ったように頭をかいた。

「そんな顔されたら…俺は抑え切れる自信がない…」

そんなこと、とさくらは思ってしまった。
樹は優しい。
光輝に比べると。
樹になら、とも思ってしまう。
今日の光輝が、そう思わせた。

自分よがりのえっち。
さくらの反応も言い分も聞かない
自分だけが気持ち良くなるための。

それに比べて、
樹はいつもさくらを見ていた。
さくらの反応をきちんと理解し
それに見合う刺激をくれる。
いつも、さくらのことを考えて
本当に嫌がることはしない。
さくらをオモチャと言う割りには
その扱い方は、優しさ以外のなにものでもない。

光輝の方がさくらをオモチャ扱いしていることに
さくらは今更ながらうっすらと気づいた。

「オモチャだったら…持ち主は、何してもいいんじゃないですか?」
「……」
「なんで、オモチャって言う割には
そんなに、優しく…。
そんなにされたら、私……」

さくらは言葉を飲み込んだ。

ーーー好きになっちゃうよーーー

突如、樹がさくらを抱きよせた。

「さくら…」

その低い声が
抱き合った身体を反響して響く。
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