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第85章 母の思い
どう返答していいか面食らっていると、羚汰の母親がふっと真剣な顔になる。
その顔がやっぱりとことなく羚汰に似ている。

「本当よ。本当に貴女でよかった」

口をゆすいで、稜に向き直る。

「私、心配してたの。末っ子だし、わたしも忙しくてあまりかまってあげてなかったからかしら。自由な子に育っちゃって。糸の切れた風船みたいに、ふらふらフラフラ。結婚しないんじゃないかって」

そんな。羚汰はまだ若いし、子どもだって大好きで。
羚汰の母親が不安に思うような要素なんてない。

「ほら。イタリアに放浪の旅に出てたじゃない?あの時にもう本当に帰ってこないんじゃないかって」

イギリスに1年留学に行っていた筈が、急にイタリアに行くと言い出して。
そこから2年、ほとんど音信不通だったらしい。

なんとか見つけ出し、無理矢理帰ってこさせ、それまでなんとか在席していた大学を卒業させる。
するとそれと同時にまたイタリアに行きたがり、またなんとか説得して、今の大学に編入学するというカタチで落ち着いて。
そしたら今度は、卒業後はやっぱりイタリアで暮らすと言い出した。

「えっ!」

羚汰は、イタリアで就職はしないって。
やりたいことは日本にあるって言っていたのに。

「私も、もうこりゃ言うこと聞かないし。まあ、3人居たら1人ぐらい、フーテンのトラさんみたいな、そんな子もいるかと諦めはじめてて。そしたら案の定、春休みを利用して、またイタリアをぐるぐるまわるって」

春休み??夏休みでなくて???

全く聞いていなかったことに面食らう。
実際の羚汰は春休みにバイト三昧だった。

「年末ぐらいまでかな?そう言ってたのに、お正月に帰ってきた時に、もうびっくりするぐらい人が変わってて」

けらけらと笑い出した。

やっぱり笑う顔も似ている。

「なんていうの?オトコの顔だったわよ。あれは」

どうやら、正月には稜の事を結婚したい人がいると伝えていたらしい。
正月といえば、まだ付き合って1ヶ月も経ってない頃だ。

「それまでどんなに電話しても、連絡なんて取れない子だったのに、貴女のことをすごく報告してくるの」

報告って何をだろう。
恥ずかしいけど、もう化粧だって終っているけど、続きが気になってしまう。

「やれ、弁当を作ってくれただの。おかえりって言ってくれるだの。洗濯物がいい匂いがするだの」
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