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第55章 スーツケースの秘密
平常心をなんとか保って、椅子に座っ机を向いたまま、稜は話し出す。

「...きょ、うは、どうしたの。斉藤くん」

少し噛んでしまったが、何事もなかったように続ける。

斉藤くん、と呼ばれた羚汰は、声を出して笑うのをこらえながら、稜の前に用意された丸い椅子に腰掛ける。

「稜...先生」

「高崎、先生でしょ。何度も言わせないで」

先生、と呼ばれて流行る気持ちを押さえるのが必死だ。

くるりと椅子の向きを変え、羚汰の目の前で足を組む。

稜は、赤いハイヒールを履いていた。

派手さゆえ何年も前に買ったものの数回しか履いていない、背の高いピンヒールだ。
そのハイヒールの底を綺麗に拭いて、部屋の中でも使えるようにした。

短いタイトなスカートからは、少し光沢のあるストッキングに包まれているものの足が大きく空気に触れている。

白地に細い紺色の縦ストライプの入ったシャツは、大きく胸元が開いていて、下に着けている派手目のブラジャーが見え隠れしている。
その上には、大きめの白衣を着込み、首には聴診器。
顔には、縁があるメガネを掛け、キツくひとつに髪をくくっている。

「高崎先生...」

「前にも言ったでしょ。学校の保健室は、休憩場所じゃないのよ?」

そうなのだ。
稜は、保険医さんの設定なのだ。

そして、羚汰はその学校の高校生ー。



遡ること旅行より前の土日、実家に帰った時に、弟の空人の学ランを見つけたのが始まりだった。

中学生時代、超チビで150センチなかった空人は、それでも父親ぐらいの大きさには成長するだろうと予想して、高校の制服を買った。
父親が165センチぐらい。
まあ、それよりは大きくなるだろうと、170のつもりで作った。

すると、予想に反して、空人は高校に入った途端、横にも縦にも急激に進化をしはじめた。
一年もしないうちに、買った制服が着れなくなり、嫌が多でも買い直すことになった。
結局、空人は187センチ100キロ近くの大きさまでに成長した。

柔道をしていたのもあって、卒業した時、その制服は後輩にプレゼントしたが、一年生の時の小さかった頃の制服の存在を忘れ去られていた。

それが見つかったので、使わない手はない。

っていうか、羚汰の学ラン姿を見てみたくて持ち帰った。

稜の制服は、やっぱり全て譲っていたので、ある小物を除いては何も残ってなかった。
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