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第56章 カラダでお支払い
「...稜?」

「ううん。何でもない。...トマトのカレーって、初めて食べたけど、酸味があって美味しいね」

ささっと炒めて入れたのであろう酸味のあるトマトが、とろとろに煮込んだ牛すじと合わさって、看板メニューになっているのもうなずける美味さだ。

「今度作ってみようかな。でもこの時期、トマトって高いよね...」

目を合わそうとせず、カレーをつつきながらぶつぶつ呟く稜の手を今一度握りしめる。

「稜。ごめん。勝手に決めちゃって」

勝手にも何も無い。
羚汰の事を、稜が決めたり許可を与えたりすることもないのだ。

「何ていうか、えーっと、別に怒ったり反対してるってわけじゃなくて...。突然だから、驚いてる」

「だよね。急だもんなぁ」

「それに、ちょっと心配、かな」

自分に言い聞かせるように、思いついた事を口に出す。


「心配?...何、俺が浮気するとか思ってる?」

心外という表情で、椅子に座り直して背もたれに体をあずける羚汰の手を、慌てて握り返す。

「そうじゃなくて、その、アキラさんと3週間もずっと一緒に居たらさ...」

男も女も自分の好みのスタッフを置いて、たまに"つまみ食い"をしているらしい、と以前聞いた。
羚汰を連れて行くのも、それが目的かもしれない。

年齢的には稜より少し年上の筈だが、20代にしか見えなかったし。どちらかというと中性的で、ゾッとするほどの色気が立ち込めていた。

お店ではバタバタしていて、あまりじっくり見なかったが、そのアキラと羚汰が並ぶと、それはそれは絵になるだろう。
稜に、BLの世界はよくわからないが、きっとそのテの人たちに喜ばれるツーショットに違いない。

ぷっと羚汰が吹き出す。

「何、想像してんの。ナイナイ!大丈夫だよ」

そうは言われても、その言葉だけでは安心できない。
あの有無を言わせないオーラは、ちょっと会っただけの稜を圧倒した。

なんとかあと1口にまでなったカレーをつついていると、羚汰にスプーンを奪われる。

「はい。あーん」

「えっ、ちょっと。恥ずかしいからっ」

席と席まであまり距離はなく、当然ながら隣の女子高生だろうか女性2人がこちらを気にしている。

「ほら、もう時間が来るから、店に戻んなきゃ。早く」

確かにもう羚汰の休憩時間が終わってしまう。

稜は、意を決してスプーンにかぶりついた。
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