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第71章 宿
タクシーが着いた先の旅館は、町はずれの旅館ーと呼ぶより国民宿舎と呼ぶような建物だった。
玄関のある建物は、かなり古びた3階建てで。
こじんまりとした四角い建物だ。
同じような建物が後ろにいくつか連なっているようだ。

簡素なロビーで手続きを済ませると、着物ではなく作務衣のような服を着た中居さんに案内される。

途中、共同浴場がある場所を指し示してくれ、渡り廊下のようなものを通り、部屋へ通された。

「お食事は、7時に食堂に来てくださいねー」

入口で鍵を渡され、中居さんはそそくさとその場を後にする。

狭い6帖ほどの和室が続きで2間あるだけの、質素な部屋。
和室の向こうには、縁側ーと呼ぶには厳しいほどの狭い空間があって、一人用の肘掛付きで背の低いソファが向かい合わせで置いてあり。
その先には腰高の窓がある。
近寄って窓の向こうを見ると、下が砂利の駐車場が見えた。
かろうじてトイレは付いているものの、部屋にお風呂はない。

全体的に古い建物で、設備にも年季を感じる。
それでも、掃除は行き届いていて、嫌なカンジはしないのが救いだ。

「格安なだけあるなぁ〜」

羚汰がぶつぶつ言いながら、背広を脱いで座布団の上に腰を下ろす。

「あ、でもお風呂は凄くいいらしいよ」

規模は小さいが、男女別で内風呂と露天が付いていて。
ちゃんと、“温泉”らしい。

「こんな旅館あるの知らなかったー」

地元の旅館なのに、稜は知らなかった。
てっきり、正月に見合いをした海辺の古いホテルだろうと見当をつけていたぐらいだ。

部屋にそぐわず液晶テレビがあって。
その近くに手作りっぽい旅館の案内のファイルが置いてある。

「7時にご飯か。微妙だね」

ご飯前に温泉に入るのも大急ぎなら間に合うかもしれないが、そこまで急ぐこともない。

稜は、置いてあるポットから急須にお湯を注ぐ。

「スーツから着替えていい?」

「うん。どうぞ」

レアなスーツ姿も、今日は存分に見ることが出来た。

大きな座卓があるほうの部屋はもういっぱいいっぱいなので、入口に近い部屋に荷物を広げる。
薄暗いその部屋でいつもの格好に着替える羚汰を、座卓に座ってお茶を飲みながらぼうっと見つめる。

「なんか、着替えにくいんだけど」

「えー。そう?」

羚汰の着替えはいつも見てるのに。

「稜は?着替えないの?」
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