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蝉となく夏
第1章 田舎へ帰る
 じーわ、じーわ、じーわ

 蝉の鳴き声が畦道に響く。私は息を吐くと、額に滲む汗を手の甲で拭った。

「あ、つい……」

 谷本いちご、大学一年生の十八歳。大学入学後上京していた私は、お盆休みを含んだ数日間を実家で過ごすため、福岡県のとある田舎町に帰ってきていた。田んぼと畑しかない田舎。同じ福岡県でも福岡市は都会のように便利なのに、どうしてこの町はこんなにも辺鄙で寂しいのだろう。

 歩道なんてない。道路とも呼べないようなアスファルトの道をてくてくと歩く。高齢化が進む日本においてこの町も例外ではなく、大昔は活気で溢れたのであろう田畑は、今はほんの少しの老人と案山子しかいない。

 私はこの町を出るまで、何もかもが嫌いだった。動物の糞の匂いがする畑が嫌い。スポーツカーではなくトラクターしか走らない田舎道が嫌い。ミニスカートを履いたら陰口を叩かれる陰湿さが嫌い。農家だからって安易に娘の名前を特産物からつけるような親が嫌い。全部、ぜーんぶ、嫌い。

 田舎から出たくて、逃げたくて、私は必死で勉強した。じゃないと、母のようになってしまう。母だけではない。この田舎に住む女性のようになりたくなかったのだ。

 この町は、現代の日本とは思えないほど排他的で古臭い。女は男の所有物であり、大抵の女性は若いうちに好きでもない男と結婚し、姑にいびられ、子供を産み、畑仕事をし、地域の行事の度に駆り出され、身を酷使し草臥れ果てていく。

 そしてその生活こそが幸せであると己に言い聞かせ、あろうことか自分の娘たちにもその生き様をさせようとするのだ。冗談じゃない。

 ダイレクトに降り注ぐ日光は、日傘を差している私をも苛む。東京のコンクリートジャングルが懐かしい。人生のうち半年も過ごしていない都会の街並みこそが、私の全てになりつつあった。

 
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