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蝉となく夏
第1章 田舎へ帰る
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「ただいまあ」
玄関の引き戸をがらがらと開け、家の中へと入る。お線香の香りの混ざった、懐かしい我が家の匂いが鼻腔を擽った。
「誰もいないのかな……」
不在なのに鍵もかけてないなんて無用心だなあ、と思ってしまうのは、数ヶ月間都会に暮らしていたせいだ。東京で無施錠なんてありえない。
サンダルを脱ぎ、みしりと音を立てる床を歩く。こんな夏の日なのに、つやつやの木の床はひんやりと冷たい。
私はキャリーバッグを持ち上げ、取り敢えず自分の部屋へと向かった。
部屋、と言ってもプライバシーも何もない。ただ襖で仕切られただけの簡素な空間だ。鍵つきの部屋を漫画やドラマで見かけるたび、どれほど羨ましく思っただろう。
部屋の隅にキャリーバッグを置くと、私は畳の上に腰を下ろした。
「あー……疲れた」
汗を拭いながら目を閉じる。じーわじーわと、遠くから近くから蝉の鳴き声が聞こえた。それと、ちりんちりんと涼やかな風鈴の音。……悪くない、かも。
ごろりと寝転がり大の字になると、い草の香りをはっきりと感じる。去年までは当たり前だった音や匂いは、心の奥底に燻る郷愁を引き摺り出してきた。田舎なんか嫌いな筈なのに、半端な自分がイヤになってしまう。
長旅の疲れゆえか、無事に帰宅できた安堵からか。何だかとても眠くなってしまい、私は瞼を下ろしたままゆっくりと意識を手放した。
玄関の引き戸をがらがらと開け、家の中へと入る。お線香の香りの混ざった、懐かしい我が家の匂いが鼻腔を擽った。
「誰もいないのかな……」
不在なのに鍵もかけてないなんて無用心だなあ、と思ってしまうのは、数ヶ月間都会に暮らしていたせいだ。東京で無施錠なんてありえない。
サンダルを脱ぎ、みしりと音を立てる床を歩く。こんな夏の日なのに、つやつやの木の床はひんやりと冷たい。
私はキャリーバッグを持ち上げ、取り敢えず自分の部屋へと向かった。
部屋、と言ってもプライバシーも何もない。ただ襖で仕切られただけの簡素な空間だ。鍵つきの部屋を漫画やドラマで見かけるたび、どれほど羨ましく思っただろう。
部屋の隅にキャリーバッグを置くと、私は畳の上に腰を下ろした。
「あー……疲れた」
汗を拭いながら目を閉じる。じーわじーわと、遠くから近くから蝉の鳴き声が聞こえた。それと、ちりんちりんと涼やかな風鈴の音。……悪くない、かも。
ごろりと寝転がり大の字になると、い草の香りをはっきりと感じる。去年までは当たり前だった音や匂いは、心の奥底に燻る郷愁を引き摺り出してきた。田舎なんか嫌いな筈なのに、半端な自分がイヤになってしまう。
長旅の疲れゆえか、無事に帰宅できた安堵からか。何だかとても眠くなってしまい、私は瞼を下ろしたままゆっくりと意識を手放した。
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