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蝉となく夏
第1章 田舎へ帰る
 キャリーバッグを引き摺りながらアスファルトの道を歩いていると、日陰で涼んでいる老婆と目が合う。

「お、どこのギャルかと思ったらいちごちゃんやなかね。東京ば行っとるって聞いとったけど、どげんしとうとね」

 ……ギャルって。私のどこがギャルだ。都会では清楚系と持て囃されるファッションに身を包んでいる私も、田舎の老婆から見れば小奇麗なギャルの一人なのか。ありえない、と心の中で毒づく。

「お、お久しぶりですー。田中のお婆ちゃん、元気にしてた?」

 私は咄嗟に笑顔を取り繕い、老婆に挨拶をした。大学の男子たちも可愛いと褒めてくれる、とびきりの笑顔。

「何ね、いちごちゃん……都会のモンみたいになっちょるね。うらめしかあ……」

 うらめしか、だと? 要するにこの婆ちゃん、私のことを気持ち悪いと言いやがった! 私は、自分の額にびきりと青筋が立つのを感じた。

「ふ、ふふ、だって、こっちに来るの久しぶりだからまだ切り替えができてなくて。ちょっと方言忘れちゃったんですよー」
「ふふふ、げな!」

 笑い方にまで揚げ足を取るな。何で田舎に帰ってきて最初に遭遇したのがこの意地の悪い老婆なんだ。己の運のなさを密かに恨む。

「ごめんね、お婆ちゃん。私そろそろ行かなきゃ。またね」
「気をつけて行きんしゃい」

 会話を切り上げたくて早口で言うと、意外にも老婆はあっさりと私を解放してくれた。そう、彼女の暴言に悪意はないのだ。単にこの田舎特有の陰湿さが身に染み付いているだけで。あ、フォローになってないや。

 老婆に見守られながら、私は再度キャリーバッグを引き歩き始める。

 バスすら走らない道を歩くのは何ともしんどい。最寄の駅から徒歩四十分。しかも家族は農作業中で迎えに来てくれなかった。帰ってくるんじゃなかった、と早速思ってしまう。なぜ駅にタクシーすらいないのか……ああ、利用者がいないからか。

 しょうもないことを考えながらじりじりと暑い真夏の道を歩いていると、我が家が見えてきた。

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